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書籍詳細

マクギーの身体診断学 改訂第2版/原著第3版診断と治療社 | 書籍詳細:マクギーの身体診断学 改訂第2版/原著第3版
エビデンスにもとづくグローバル・スタンダード

総合病院南生協病院名誉院長

柴田 寿彦 (しばた としひこ) 翻訳

総合病院南生協病院内科

長田 芳幸(おさだ よしゆき) 翻訳

改訂第2版 B5判 並製 576頁 2014年04月30日発行

ISBN9784787819895

定価:本体6,800円+税
  

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診断を診断機器の結果だけに頼るのではなく,疾病の発症機序を理解し,身体徴候から診断し,LR(尤度比)を用いて判断することでより診断精度を高めることを目的とする,研修医のための身体診断の手引きとなる書.
今版では,最新のエビデンスにもとづいて全面改訂し,新たに神経疾患(脳卒中、急性眩暈など),ICUの項目を追加するなど,大幅な内容の充実を図った.

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目次

第1部 序 
 第1章 根拠(エビデンス)に基づく身体診断とは

第2部 根拠(エビデンス)についての考察
 第2章 身体所見の診断精度
 第3章 本書の諸表の利用法
 第4章 身体所見の信頼度

第3部 患者の一般所見
 第5章 精神状態の診察
 第6章 姿勢と歩行
 第7章 黄 疸
 第8章 チアノーゼ
 第9章 貧 血
 第10章 循環血液量の減少
 第11章 蛋白?エネルギー性の栄養障害と体重減少
 第12章 肥満
 第13章 Cushing症候群

第4部 バイタルサイン
 第14章 脈拍数と波形
 第15章 脈拍の調律(リズム)異常
 第16章 血 圧
 第17章 体 温
 第18章 呼吸数と呼吸様式の異常
 第19章 パルスオキシメトリー(経皮酸素分圧モニタリング)

第5部 頭部と頸部
 第20章 瞳 孔
 第21章 糖尿病性網膜症
 第22章 聴 力
 第23章 甲状腺とその疾患
 第24章 髄 膜
 第25章 末梢性リンパ節症

第6部 肺
 第26章 胸部の視診
 第27章 胸部の触診と打診
 第28章 肺の聴診
 第29章 補助テスト

第7部 呼吸器疾患各論
 第30章 肺 炎
 第31章 慢性閉塞性肺疾患(COLD)
 第32章 肺塞栓症
 第33章 胸 水

第8部 心 臓
 第34章 頸静脈の視診
 第35章 心臓の打診
 第36章 心臓の触診
 第37章 心臓の聴診:総論
 第38章 第Ⅰ音と第Ⅱ音
 第39章 第Ⅲ音と第Ⅳ音
 第40章 そのほかの心音
 第41章 心雑音:総論

第9部 心臓疾患各論
 第42章 大動脈弁狭窄(AS)
 第43章 大動脈弁逆流(AR)
 第44章 そのほかの心雑音
 第45章 心膜の病変
 第46章 うっ血性心不全
 第47章 冠状動脈疾患

第10部 腹 部
 第48章 腹部の視診
 第49章 腹部の触診と打診
 第50章 腹部の痛みと圧痛
 第51章 腹部の聴診

第11部 四 肢
 第52章 末梢血管の疾患
 第53章 糖尿病患者の足
 第54章 浮腫と深部静脈血栓症
 第55章 筋骨格系の診察法

第12部 神経系の診察
 第56章 視野テスト
 第57章 眼筋の神経(Ⅲ,Ⅳ,Ⅵ):複視へのアプローチ
 第58章 そのほかの脳神経
 第59章 運動神経系の診察法:筋力低下へのアプローチ
 第60章 知覚神経系の診察法
 第61章 反射の診察法
 第62章 神経根,神経叢,および末梢神経系の疾患
 第63章 共同運動と小脳機能テスト

第13部 神経疾患各論
 第64章 振戦とParkinson病
 第65章 出血性脳卒中と虚血性脳卒中
 第66章 急性眩暈と平衡機能障害
 第67章 非器質的神経疾患の診察法

第14部 ICUにおける診察法
 第68章 ICUにおける患者の診察法

補遺:尤度比(LR:likelihood ratio)とその信頼区間(CI),および検査前確
索 引

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序文

推薦のことば

 1981年であるからずいぶん前のことになってしまったが,日本の病院で内科研修を終えた私は,米国ボストンのケンブリッジ病院で内科クリニカルフェローとしての研修を意気揚々と始めた。その年の冬,現在でも私の記憶にまざまざと残っている,次のような衝撃的なエピソードに出会った。狭心症の疑いで入院した男性患者の検査結果に関する,レジデント(研修医)とアテンディング・ドクター(指導医)のベッドサイドでの会話である。
 研修医:昨日行ったトレッドミル運動負荷テストは陽性でした。
 指導医:これまでの研究結果では,トレッドミルテストの感度はどれくらいだろう?
 研修医:ST低下の程度を考えると,約80%でしょうか。
 指導医:特異度は?
 研修医:90%程度と思います。
指導医:運動負荷テストをする直前までに得られていた臨床情報に基づいて,冠状動脈疾患が存在する可能性はどのくらいと考えていたのか?
 研修医:フィフティ・フィフティと思っていました。
指導医:それでは,運動負荷テストが陽性という新たな情報を加えると,冠状動脈疾患の可能性はどれくらいと考えるのか?
研修医:検査を行う前の確率が0.5ですので,確率を(1-確率)で割ったオッヅに変換すると1.0となります。感度を(1-特異度)で割った陽性尤度比は0.8/(1-0.9)=8になりますので,検査前オッヅに陽性尤度比を掛け合わせた検査後オッヅは1.0×8で8。オッヅを(1+オッヅ)で割って確率に変換すると0.87ですので,検査後確率は約90%になります。
実際のところは,このようにスムーズな会話ではなく,後日再現するとこのような会話であったことがわかったのであり,感度や特異度,尤度比,検査前確率,検査後確率などといった臨床疫学用語自体,当時,私はまったく知らなかった。しかしながら,内容を理解すればするほど,それまでに受けてきた臨床トレーニングとの違いに愕然とし,新たな学問領域への興味がかきたてられることとなった。
 上記のような臨床疫学的手法を用いてベッドサイドで教えたり研究したりする同僚の多くがMDに加えてMPH(Master of Public Health)という肩書を有するのを知り,公衆衛生大学院で疫学や統計学を学ぶことの必要性を痛感し,その後今日までに至る私のキャリアが決定的なものとなった。
 1990年代には,検査の感度・特異度といったいわゆる検査性能に加え,身体所見の感度・特異度が多くの研究論文で扱われていて,それら身体所見の感度・特異度についてのエビデンスをまとめた教科書が早晩出版されるであろうとのうわさが流れていた。それがDr. Steven McGeeによる本書であり,今般第3版となり,多くの工夫が重ねられ,より臨床現場で使いやすい内容となっている。柴田寿彦先生の素晴らしい翻訳により,わが国の臨床現場において,多くの医師がエビデンスに基づく定量的な思考過程を身につけることのできる環境が整備されたことになる。柴田先生のご苦労に深甚なる敬意を表するとともに,本書が多くの医師の座右の書となることを祈るものである。

  2014年2月18日

聖路加国際病院院長
福井次矢



第3 版の発刊に寄せて

 マクギーの身体診断学第3 版の日本語訳が上梓されます。
 2004 年に当院の名誉理事長柴田寿彦医師と研修医による1 年間の共同作業によって初版の翻訳版が出版されました。その後,2007 年に第2 版,そして今回第3 版が発行されることになりました。
 この10 年間,柴田医師と若手医師の共同作業が綿々と続いています。04 年当時の研修医は今では中堅指導医に成長し,病院の医療を中心的に担う存在に育っています。彼らの総合的力量形成に,この本の翻訳作業は大いに役立っているようです。
 患者を診るとき,病歴を聴き,診察を行い,いくつかの疾患を想定して検査を行い,診断に近づいてゆきます。経験の少ない医師は,希少な疾患や重篤な疾患を最初に思いつくと,そこにとらわれた診療を行い,正確な診断に到達するまでにあちこち脇道にそれてしまうことが多々あります。「ベテラン」といわれる医師の強みは,頻発疾患を経験的に熟知していることです。11月に高熱患者が来院すれば筋肉痛・関節痛の有無,周りに発熱患者がいなかったかなどを聞き,インフルエンザ抗原検査を行います。しかし,夏に高熱患者がきても,まずインフルエンザは疑いません。経験的にこの時期にはこの疾患とわかってくるからです。われわれベテラン医師は,長年の経験を経て,いくつかの症状から疾患の可能性を類推する力を身につけてきました。実際に,この経験を若い医師に明確に伝えることは根拠が示せず,困難感を伴うことが常でした。また,各ベテラン医師の専門分野や興味により得手不得手があり,全体を網羅した知識をもつこともできていません。
 本書には,身体所見のそれぞれの重みについて多数のエビデンスが集められ,われわれが経験によって得てきたあいまいな知識が体系化され,しかも偏りなく網羅的に記されています。ベテラン医師と若手医師の共同作業で翻訳された第3 版が,さらに多くの研修医・医師の座右の書となることを期待しています。

 2014 年2 月
南生協病院院長
長江 浩幸



第3版への翻訳者序文

 十数年前に始まった研修医たちの抄読会に端を発したSteven McGee の診断学の翻訳出版は,幸運にも多くの読者に支えられ,ここに第3 版を迎えることになりました。
 もとより本書は徹底して患者の身体徴候に注目し,ベッドサイドにおける身体診断の精度を追及しています。その斬新な手法は多くの人々の注目を集め,身体診断の意義を見直す機会を与える結果になると同時に,それに伴って従来触れられてこなかった分野でも,この手法によって臨床診断を見直す気風を広げる結果にもなっています。
 そのような流れのなかで,この第3 版では,従来の主題に対して新しい知見が次々と追加されると同時に,神経疾患を中心にしていくつかの新たな主題も追加されています。
 しかし,臨床医学の守備範囲は決して本書の範囲にとどまるものではなく,EBM に基づく身体診断学の知見を集積し,分析する作業には際限がないはずであり,今後も引き続き検討が加えられるものと思われます。
 一方,すでに初版と第2 版でも述べてきたように,臨床徴候に関するLR を中心にした身体診断の手法は,画像や検体検査の解析に偏りがちな臨床医が,患者と対話し,患者の身体に手を当てることによって患者に心のぬくもりと安心感を与えることとなり,それによって医師と患者とのラポールの形成を容易にすることにつながるものと期待しています。
 そもそも本書の学習は研修医教育の一環として始まったものでしたが,教育されることはあっても教育した経験の乏しい訳者は,教育することの難しさを痛感してきた1 人です。したがって,多忙な臨床の仕事に追われながらも研修医を指導する立場に立ち,それに苦慮しておられる先生方にこそ本書をお読みいただく価値が大きくなると思います。
 さて,今回の翻訳は当院の内科医師,長田芳幸氏との共訳とさせていただきましたが,これによって本書をはじめとする翻訳作業に若い力が加わることになりました。翻訳に協力してくださったエルゼビア・ジャパン社の安田みゆきさんを始め,当院の関係者の皆さまにも心より御礼申し上げます。
 また,快く推薦文を賜った福井次矢先生,ならびに当院院長の長江浩幸先生に心より御礼申し上げます。

2014 年2 月
翻訳者   柴田 寿彦



第3版への序文

 疾患を見つけ,臨床的な問題点を解決し,さらに患者の予後を予測するベッドサイドの診察法とその精度に関する新たな研究は無数に存在する。“Evidence-Based Physical Diagnosis,第3版”では,これらの知見のすべてを新旧を問わず網羅し,第2版のすべての章を更新し,本書のEBM(Evidence-Based Medicine)Boxに250以上の新知見を追加し,多数の主題に対して新たな情報を提供している。それには姿勢と歩行,収縮期雑音,Schamroth徴候(太鼓ばち指に関する),認知症の診断,転倒の予測,肝肺症候群,心房細動,相対的除拍,駆血試験(デング出血熱に関する),急性脳卒中,胸水,変形性関節症,急性眩暈が含まれている。また,ICU患者の診察に関する新たな章も設けられているが,それは伝統的な身体診察法と最新技術との協働のあり方を示す好例となっている。
 報告された業績に含まれていない付随的情報に関しては,それらを提供して下さった多数の研究者に負うところが大きい。具体的には,Dr. Waldo de Mattos(慢性閉塞性肺疾患患者に関するオリジナルデータの提供),Dr. Aisha Lateef(相対的除拍とデング熱に関する彼女の研究から得られた粗資料の提供),Dr. Newman-Toker(head impulse testに関する彼の説明,および私をNOVELウエブサイトへと誘った点に関して),Dr. Colin Grissom(毛細血管の再充満時間に関する彼の手技についての追加情報の提供),Dr. G.LeGal(修正Geneva Scoreに関する質問への回答),Dr. J. D. Chiche(受動的脚挙上テストの正確な手技に関する追加情報の提供),Dr. C. Subbe(MEWSスコアの由来の説明),Dr. Torres-Russotto(fi nger rub testの正確な手技の記載),Dr. S. Kalantri(胸水の身体所見を理解する点での私への援助)である。
 これらの研究者をはじめとする人々の努力によって,身体診察は基本的な臨床手技,すなわち現代医学における進歩した技術を補完するものであると同時に,患者への優れた対応に不可欠なものとなっている。

Steven McGee , MD



第2版への序文

 “Evidence-based Physical Diagnosis,第2版”の目的は,身体診断法の由来,疾病の発症機序,および診断精度をより深く探究することによって,身体診断法についてのわれわれの理解をより豊かにすることにある。特に重視したのは,古典的な身体徴候を最新技術による診断基準と対比することにより,今日でも依然として正確で有用な徴候を明確にすることである。初版の各章と“診断精度”表を刷新することに加えて,今版にはショック,昏睡,リンパ節症,冠状動脈疾患と心筋梗塞,肝硬変,菌血症と発熱,大動脈解離,振戦とParkinson病,および肩,膝,足首の痛みを有する患者に認められる身体徴候の意義に関する新たな項目が書き加えられている。また,今版には多数の新たな図が追加されたが,それらは診察技法の要点を図示するもの,あるいはTrendelenburg歩行,Pemberton徴候,pivot shift徴候など,判断しにくい所見の発症機序を説明するものである。最後に,今版には“Evidence based Medicine rules:EBMの物差し”,すなわち一見するだけで尤度比(Likelihood Ratio:LR)の意味が伝わり,最も正確な身体所見が迅速に識別できる“物差し”方式による図が新たに追加されている。
 大変ありがたいことに,以下の研究者から,それぞれの著書からは入手できない情報を提供していただいた。それらの研究者とはGeorge MurrellとJudie Walton(回旋筋蓋断裂),Masayuki Ikeda(バイタルサインと昏睡),Sharon Strauss(努力呼気時間),およびEduardo Garcia-Pachon(Hoover徴候)の諸先生である。また,肝硬変の診断に関する数編の研究業績によって私を注目させたGuy de Bruyn先生,および本書の各部分を見直して重要なコメントを提供してくださったHoward Chansky,Ali Samii,James Orcutt,Greg Gardner,Greg Nakamoto,およびBrad Anawaltの諸先生にも深謝したい。さらに,今版の編集者であり,今版の準備期間を通じて一貫した支援と助力を惜しまなかったRolla Couchmanにも感謝したい。
 著者としては,すべての臨床医にとって本書が根拠に基づく身体診断へのアプローチの一助となるよう期待するものである。このアプローチ法は精度と信頼度の高さがすでに実証されている徴候を重視するものであるとともに,数十年の臨床経験を積み重ねる以外には手に入らない水準での診断学的確信をもたらすものである。身体診察法は今なお基本的な診断技法であり,患者のケアにおいて本書が身体診断の価値を引き続き発揮させることを期待するものである。

Steven McGee , M.D.
2007年2月



初版への序文

 本書の目的は,成人患者に対して今日利用されている多くの身体徴候の由来,病態生理,および診断精度を探求する点にある。われわれには身体診断についての素晴らしく豊かな伝統(臨床経験の蓄積)があり,本書によっておよそ2世紀にわたるこの伝統が,しばしば画像や検査データなどの技術的検査に頼る傾向の強い今日の診断学の現状にひけをとらないものになるよう望むものである。身体診断法と技術的検査法との綱引き状態が今日ほど強まったことはなかった。私は20年来身体診断学を教えてきたが,臨床教育が始まる前には伝統的な身体徴候を習得しようとして身体診断学の教科書を買い求める学生は少なくない。しかし,臨床教育が始まり,今日の診断学がしばしばベッドサイドからかけ離れた形で行われている実態に接すると,これらの知識を無視し捨て去ってしまう学生諸君も多いように見受けられる。学生の指導にあたる医師の多くが胸部X線写真の微細な所見の方に目が向いてしまっているとすれば,学生が肺炎を診て肺のクラックルや呼吸音の低下についてまともに述べないからといって,それを責めることはできない。身体診断学の軽視はレジデント教育プログラムにも広がっており,その多くは画像診断法,病理診断法,細菌学的診断法,検査所見の微妙な読みかたを目的とした臨床検討会になっている。身体診断学に正面から取り組む臨床教育の機会はきわめてまれとなっている。
 伝統的な身体診断学を,それぞれの時代の診断基準とうまく調和させていくことは,身体診断学の歴史の一貫したプロセスであった。1830年代,打診による局所診断学の創始者であるPierre Adolphe Piorry教授は明確な打診音が9種類あり,患者の肝臓,心臓,肺,胃,および各心腔や肺の空洞の輪郭すら判断できると教えていた。このPiorry法は1世紀を超えてもてはやされ,一時は200頁に及ぶマニュアル1となっていたが,画像診断法が1900年代初頭の臨床に導入されたため,今や彼の打診法は肝臓の大きさを計測する手技として痕跡的に生き残っているのみである。1819年にはLaennecがその著書“胸部疾患に関する論文:A Treatise on Diseases of the Chest”2において,肺の聴診により“あらゆるタイプの肺炎”が診断できると記載している。しかしわずか20年で,彼以外の冷静な身体診断学者たちによって聴診器による診断の限界が指摘され3,彼の熱を冷ましてしまったのである。また,1963年には,Barlowによって収縮後期雑音の多くが僧帽弁の逆流によるものであり,時としてそれも相当に重症な場合もあることが明らかにされるまで4 ,経験豊かな臨床医ですら,20世紀の大半にわたりその雑音がすべて無害性であると信じていたのである。
 今日,身体診断学をめぐっては両極の意見がある。その一方は少数派ではあるが,伝統的な身体徴候が今日でもすべて正しいと信じ,クレーニヒ峡部(Kroenig ’ s isthmus)とか脾臓の打診徴候について医学生の知識を問いただそうとする臨床医たちである。多数派をなすもう一方は,身体診断学が今日の臨床医にとってはほとんど役立たないとして,伝統的な身体徴候はたとえそれが注目すべきものであっても,より技術の進歩した診断機器の正確さには及ばないとする臨床医たちである。この両者がいずれも正しくないのは明らかである。本書の目的は,身体徴候と最新の診断基準とを比較検討し,最高のエビデンスを追求することにより,臨床医をより適切な中間点,すなわち身体診断学は信頼に足る診断技術であり,すべてではないにしろ少なからぬ臨床的課題に有用であるという地点に導くところにある。
 根拠に基づく医学(EBM)を,画一的な“お料理教本医学”みたいなものだとして片づけてしまう見解もありうるが,それは必ずしも的を射た意見とはいえない。なぜならわれわれが患者と接するとき,(少なくとも現状では)臨床研究が及んでいない微妙な点が依然として数多く残っており,また身体徴候による(あるいは,それに関する検査による)診断能力は,時として疾患頻度についてのわれわれの認識に左右され,さらにまた個人的問診技術や臨床経験にも左右されるからでもある(この点については第1章と第3章で十分述べられている)。それに対して,根拠に基づく身体診断学(本書)は,それぞれの身体徴候が正確かどうかについて,入手できる最高のエビデンスを簡潔にまとめたものである。したがって,このエビデンスを理解した医師は本書に収載されている研究報告の何千人もの患者を独自に診察し学んだのと同じことになり,それに基づく自信と知識によって患者に向き合うことができるようになるであろう。
 身体徴候と最近の診断基準を比較してみると,時代遅れとなってお払い箱にした方がよい身体徴候もある(たとえば,毛細血管の血流再開時間や横隔膜可動域の局所打診法など)。 他方では,同じく比較してみればわかることではあるが,身体徴候がきわめて正確なのに,あまり利用されていない例もある(たとえば,大動脈弁逆流を示す胸骨左縁下端の拡張早期雑音,結膜辺縁の蒼白で診る貧血,あるいは肝外胆管閉塞における胆嚢の触知など)。また,同様の比較をしてみると,1世紀前の身体診察法の多くがそうであったのと同様に,身体徴候が診断基準そのものになっているものすらある(たとえば,僧帽弁の逸脱を示す収縮期雑音とクリック音,脳卒中における片麻痺,糖尿病の増殖性網膜症における血管新生など)。ある種の診断法では,身体徴候と技術的な検査法との間に依然として綱引き状態があり,どちらを診断基準にすべきか判然としない場合もある(たとえば,心タンポナーデや手根管症候群の診断など)。それどころか,身体徴候と伝統的な診断基準とを比較する臨床研究が存在せず,比較自体が不可能なものすら存在する。
 著者としては,本書の内容がさまざまなレベルの臨床に携わる諸氏(学生,開業医,および経験豊かな臨床医など)が,これまで以上に自信をもって的確に患者を診察する一助となり,その結果身体診断学が診断学における正当かつしばしば中心的な地位を回復することを祈ってやまない。ひとたび根拠に基づく身体診断学に精通することができれば,医師が患者と最初に相まみえる場所,すなわちベッドサイドで,多くの大切な臨床上の疑問に的確な解答を見つけることができるようになるであろう。

Steven McGee,M.D.
2000年7月


文 献
1. Weil A . Handbuch und Atlas der topographischen Perkussion . Leipzig : F. C. W. Vogel ; 1880 .
2. Laennec RTH . A Treatise on the Diseases of the Chest (facsimile edition by Classics of Medicine library) . London : T. and G. Undewood ; 1821 .
3. Addison T . The diffi culties and fallacies attending physical diagnosis of diseases of the chest . In: Wilks S , Daldy WB , eds.
A Collection of the Published Writings of the Late Thomas Addison(facsimile edition by Classics of Medicine kibrary) . London : The New Sydenham Society ; 1846 : 242 .
4. Barlow JB , Pocock WA , Marchand P , Denny M . The signifi cance of late systolic murmurs . Am. Heart J. 1963 ; 66 ( 4 ): 443 -452.