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書籍詳細

ジェイムズ・パーキンソンの人と業績診断と治療社 | 書籍詳細:ジェイムズ・パーキンソンの人と業績
1755-1817-21世紀へ向けて

東京大学名誉教授

豊倉 康夫(とよくら やすお) 編集・訳

社会福祉法人・三井記念病院院長

萬年 徹(まんねん とおる) 訳

東京女子医科大学医学部長

岩田 誠(いわた まこと) 訳

James Parkinson(じぇいむずぱーきんそん) 原著

初版 A5判 上製 226頁 2004年04月27日発行

ISBN9784787812292

定価:3,850円(本体価格3,500円+税)
  

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神経・筋疾患の代表的疾患であるパーキンソン病の紹介とジェイム ズ・パーキンソンの業績と人柄を記載し,本疾患研究が解説された もので,神経を学ぶものにとって必読の書である.

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目次

はじめに
原典 An Essay on the Shaking Palsy………James Parkinson,1817
全訳  振戦麻痺に関する論文
パーキンソンの原本は何冊残っているか
ジェイムズ・パーキンソンの生涯(1755―1824)
パーキンソンからシャルコーまで
パーキンソン病の初期の歴史
パーキンソン病に関する研究小史
 ─パーキンソンの記載から今日まで─

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序文

ジェイムズ・パーキンソン(James Parkinson)は不思議な魅力の
人である。型破りの奇人の評もある一方、他方では謙虚かつ正義の
士としての誉れをも兼ねる人物であった。生前の写真はもちろん肖
像画*も残っておらず、その墓石さえ今は見あたらないというパー
キンソンではあるが、1755年から1824年にいたる全生涯をロンドン
で過ごした一介の開業医兼薬剤師、専門的な化石学者でもあり、高
い見識を備えた稀有の知識人であった。
 パーキンソンが「振戦麻痺に関する論文」という66頁の小さな本
を書いたのは1817年。すでに62歳の老境に達していた。当時わが国
では長年にわたる江戸幕府の鎖国政策から漸く開国への兆しが見え
始めた頃であり、1817年(文化14年)といえば解体新書の杉田玄白
(1733-1817)がその年に、翌年には地理学者の伊能忠敬
(1745-1818)が没したという古い時代にあたる。
 試みにパーキンソンとほぼ同時代に活躍した西欧の神経関係の学
者を調べてみた。ジョン・クック(1756-1823)、フランツ・ガル
(1758-1828)、ルイギ・ロランド(1773-1831)、チャールズ・ベ
ル(1774-1842)、フランソア・マジャンディ(1783-1855)、ヤン
・プルキニェ(1787-1869)、マーシャル・ホール(1790-1857)な
どが有名であるが、彼らのほとんどは基礎医学者であり、ロンベル
グ(1795-1873)やシャルコー(1825-1893)による本格的な臨床神
経学の開花までにはまだかなりの時を要したのである。したがって
パーキンソンの時代には、神経疾患の種類やその定義に関してほと
んど未開拓であったことを思えば、パーキンソンの論文はまさに画
期的な偉業であったのだ。
 しかし、その記念碑的な著書の原文を直接読む機会に恵まれるこ
とは容易ではなかった。1817年発行の原本が現在世界中でわずか10
冊に満たない稀覯本であることはしばらく措くとしても、次々に世
に出たファクシミリ版の発刊はやっと20世紀になってからであり、
現在ではすべて絶版となり入手困難である。もっとも完全な形での
原著復刻版は、1955年パーキンソンの生誕200年を記念してロンド
ンのマクミラン社から出版された単行本の中に収められている。し
かし筆者がこれらのことを知ったのはずっと後年になってからであ
り、最初は日本で原著を読めることなど到底無理だと諦めていた。
ところがその全文の引用転載した雑誌(Ostheimer AJ:Arch Neurol
Psychiatry, 7:681-
710, 1922)を偶然見出したときの、鳥肌が立つほどの喜びと感激
を忘れることができない。今から30年以上も前、1967年のことであ
る。
 大学紛争の最中であったが、萬年 徹、髙須俊明、岩田 誠の諸
氏とともにその翻訳を決意した。パーキンソンの原著は読めば読む
ほど、大学紛争の混迷の中にあった当時のわれわれを叱咤激励する
に充分な迫力と、またそこには誇り高い「学問」があったのだ。上
記のマクミラン社版からのパーキンソン原著の再復刻とわれわれの
全訳文に、ジェイムズ・パーキンソンの伝記やパーキンソン病の研
究小史(1817-1970)を加えて一冊の本とすることを計画したが、
その出版(1974年)に際して全面的な支援を惜しまれなかった三共
株式会社にあらためて感謝したい。この非売品は版を重ねるごとに
全国神経内科の同学の方がたに頒布してきたが、現在すでに絶版と
なって久しい。今回旧版を内容的にも補完し、追加原稿を加えて、
装いを新たに「ジェイムズ・パーキンソンの人と業績」─1755─1817
―21世紀へ向けて─の本書の刊行を見るにいたったものである。
三共(株)既刊版およびファルマシア社(株)発行のSCOPEからの
一部再録について両社の快諾を得たことにも謝意を表したい。
 パーキンソンの類い稀な才能は医学、化学、古生物学に関する論
著や一般向けの啓蒙書のほか、匿名あるいは“Old Hubert”の筆名
で書いた数々の社会評論などの幅広い著作の中で遺憾なく発揮され
た。特筆に値するのは、彼の化石学に対する深い傾倒とその研究の
集大成によるOrganic Remains of a Former World(1804, 1808,
1811)全3巻の名著であろう。パーキンソンの名前のつく化石の学
名(Parkinsonia parkinsoni, Apiocrinus parkinsoni, Nipa
parkinsoni, Rostellaria parkinsoniなど)は現在もなお生き続け
ている。彼の収集した膨大な化石の標本類は1827年(彼の死後)オ
ークションで売られて散逸したが、一部は大英博物館その他で展示
されているという。今回幸運にも国立科学博物館の重田康成理学博
士のご好意により、同館所蔵の貴重なパーキンソン化石を撮影する
ことを許可されたので、その一つをお目にかけたい。
 パーキンソン病の最初の報告から数えて今年の2001年までには実
に184年の年月を経たことになる。その間パーキンソン病の本態や
治療に関して幾多の発見やブレイクスルーの歴史があり、最近もま
た目覚ましい知見の続出に事欠かない。しかし、ここで「以て瞑す
べし、甦るジェイムズ・パーキンソン!」といいたいのは、彼の原
著の序文の終わりに次のような言葉があるからである──「こうし
てもし必要な知見が得られさえするならば、単なる推論的な示唆に
過ぎないこの小論文の時期尚早かもしれない発表に対して、いかな
る酷評を受けても甘んじてこれに堪えるであろう。それどころか、
この厄介で苦悩に満ちた病気をいやすもっとも適切な方法を指摘で
きるであろう諸賢の注意を喚起したとすれば、私は充分に報われる
のである。」

 終わりに、本書の刊行に際して多大なご援助をいただいた関係各
位、株式会社真和の田中保彦氏のご尽力に感謝する。


2003年1月 豊倉康夫

*(注)彼の肖像画としてMedical Classics (edited by Kelly
EC)、Vol 2, 1938, p 957にあるものは、別人の同姓同名の歯科医
の肖像を誤って掲載したものと判明した。