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書籍詳細

現代の認知行動療法診断と治療社 | 書籍詳細:現代の認知行動療法
CBTモデルの臨床実践

国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター研修指導部研修普及室長

伊藤 正哉(いとうまさや) 訳

国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター研修指導部長

堀越 勝(ほりこしまさる) 訳

ボストン大学心理学部心理学教授

ステファン・G・ホフマン 著

初版 A5判 並製 240頁 2012年11月26日発行

ISBN9784787819758

定価:3,300円(本体価格3,000円+税)
  

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国際認知療法学会長と米国行動認知療法学会長を務める(2012年10月現在)著者により,21世紀の認知行動療法の姿が描かれる.伝統的な心理教育,曝露などから新しいマインドフルネスなどまで広く技法を紹介,ひとつのCBTモデルに基づき様々な疾患への統一的介入を説明し,不安やうつだけでなく医療・臨床場面で多く出会う疼痛や不眠などの症状も取り上げる.臨床家が知っておくべき最低限・最重要な知見を紹介する一冊.

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目次

推薦の辞  /古川壽亮
著者について
日本版への序文  /ステファン・G・ホフマン
序 文  /アーロン・T・ベック
謝 辞
はじめに  /ステファン・G・ホフマン

第1章 基本的な考え方

第2章 心を力づける 

第3章 恐怖に向き合う 

第4章 パニック・広場恐怖と戦う 

第5章 社交不安障害を打破する 

第6章 強迫性障害を手当する 

第7章 全般性不安障害と心配を倒す 

第8章 うつ病を処する 

第9章 アルコール問題に打ち克つ 

第10章 性問題を解決する 

第11章 痛みを手なずける

第12章 睡眠を極める 

引用文献
索 引
訳者あとがき
翻訳協力者
訳者紹介

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序文

日本版への言葉

 本書が日本語に翻訳されることを大変嬉しく思います。日本には歴史的に傑出した思想家がおり,そうした先人たちは精神疾患の治療に影響力のある理論と技法を形作ってきました。現代の認知行動療法(CBT)アプローチの多くは,そうした先駆者のアイデアに深く影響されてきました。1928年,森田正馬は『神経質ノ本態及療法』を著しました。この治療のおもな目標は,あるがままの―現実をそのままに受け入れる―状態に辿り着くことにあります。そのための重要な方略のひとつがマインドフルネス瞑想であり,これは現代のCBT実践の特徴でもあります。東西のアプローチを統合させ,臨床科学の前進させた例は多くあります。本書が,精神疾患の治療に対して東洋と西洋のアプローチの統合にお役に立てることを願っております。

2012年10月
 ステファン・G・ホフマンPh. D.


はじめに

物より心:人に心なくして,何が問題になろうか?
―ベンジャミン・フランクリンの物まね芸人,ボストン,マサチューセッツ州

 精神科疾患は広く一般的にみられるもので,当人をひどく苦しめ,社会に経済的な負担をもたらす。向精神薬はこれらの問題に対する一般的な治療法である。こうした薬は,莫大な益をもたらす医薬品産業のなかでも最も成功した製品である。

 心理的治療,とくに認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)は薬物治療に代わる効果的な治療である。CBTはシンプルで,直感的で,透明性のある治療である。CBTには,基本アイデアを共有する一群の介入が含まれる。その基本アイデアとは,認知が感情と行動に深くかつ因果的に影響し,それによって精神科的問題が維持されるという考えである。標的とする疾患に対応した特定のモデルや治療技法があり,標的とする問題がさらに明らかになれば,技法もそれに合わせて適用される。本書では,いくつかの広くみられる精神科的問題に対する最新のCBTアプローチを紹介する。CBTはよく知られるようになったが,この治療に関する「認知の誤り」や誤解が数多くあり,これによって,CBTが精神科疾患への主要な治療となる道が阻まれている。本書では,有効性について実証的な支持が確立されたCBT方略と,現在発展しつつある最新のCBTアプローチを簡潔に示すよう心がけた。後者については,今後さらなる良質な対照臨床試験や実験研究による妥当性の検討が必要とされるものである。

 本書で伝えたいことは,シンプルである。すなわち,「CBTは一貫したモデルを有しているが,単一のアプローチではない」ということである。CBTは新しい知識が蓄積されることで進化し変化しているため,特定の治療技法の寄せ集めというよりも,成熟しつつある科学的領域とみなすほうが正確である。CBTは科学の発展に大きく貢献しており,疾患の精神病理についての新しい経験的知見をCBTモデルに変換し統合するよう開かれている。これは現在進行形で繰り返される過程である。たとえば,不安障害に対するCBTは10年前と今日のものとではかなり異なる。CBTの核心にある前提―認知の変容が精神病理に影響する―は変わらないが,特定の治療技法は確実に変わってきており,精神病理の基礎研究が進展するにつれ,今後も変わっていくだろう。

 本書がCBTの普及の助けとなること,それが私の希望である。CBTと薬物療法を比較した研究では一貫して,CBTが少なくとも薬物療法と同等に有効なことが示されている。また,多くの研究においては,とくに長期的な効果を考慮した場合,CBTは最も効果的な薬物療法よりも有効であることが証明されている。加えて,CBTは薬物療法よりも断然忍容性が高く,費用がかからず,合併症を起こすリスクが低い。にもかかわらず,現在のところは,主要な精神科的問題に対しては薬物療法が標準治療とされている。

 多くの精神科的問題に対して,CBTが依然として第一選択治療,あるいは少なくともその代替治療となりきれていないのには,様々な理由がある。製薬会社は自社の薬を流通させ販売する既得権益を有している。薬物治療によって莫大な収益をあげることができ,新薬を開発し販売することでたくさんの人が大きな収益を得ている。これには,新薬を開発する研究者,製薬企業で働く研究員や営業の方々,薬を処方する医師や看護師*などが含まれる。対照的に,CBTはほとんど儲からない。CBTはふつう,研究プロジェクトの一環で心理学者が開発している。幸運であれば,そうした研究者はアメリカ国立精神衛生研究所から治療の有効性を検証するための研究費を得られるかもしれない。しかし,こうした研究費の数は多くはなく,また,獲得するのが極めて困難である。さらには,そうした臨床試験に対する助成金は,数百億ドル規模の利益を生む製薬産業とは雲泥の差がある。私は,一般の方々も含めてCBTを広く知ってもらい,普及するのに本書が役立つよう願っている。

 精神療法にまつわる偏見によって,心理的な介入よりも薬物療法が好まれることがしばしばある。薬を飲むことは,自分の問題が医学的なものであるという気持ちを与えてくれる。それによって,患者は自分の行動や不適応的思考ではなく,生化学的な失調を問題の原因と考えるようになり,自分の責任を感じにくくなる。問題を生化学的な不全と結びつけることは,一般的な医学モデルと一致し,薬によって問題の根本を治療しているような気持ちにさせてくれる。しかし,精神医療の専門家はこれが真実からかけ離れていることを認識している。精神科的問題に対して心理学モデルは医学モデルと同等に(時にはより有効に)妥当性があり,科学的に認められている。本書はこうした最新の心理学モデルを読者に提供するものである。

 最後に,薬物療法が心理的治療よりも好まれている背景には,薬物療法のほうが心理的治療よりも秀でた科学的基盤を有しているという誤解がある。精神科の薬物治療は何年,時には何十年にもわたってその安全性と有効性を研究する。こうした研究はふつう,動物研究から始まり,次いで人体に対する効果を検討する。対照的に,心理的治療の開発過程は,あまり一般の人々には知られていない。本書では,この過程を明らかにすることを目的として,心理的治療の開発に関する基礎研究についても要約した。

 本書は効果的な心理的治療について学びたい学生や訓練中の臨床家,政策立案者や消費者を対象としている。本書は自助本としては意図されていない。広くみられる精神疾患に対する心理的治療を学びたい方々に対して,学びの第一歩となる,実践的な治療ガイドを提供することを目的としている。本書で扱われている疾患は包括的なものではなく,摂食障害,人格障害,精神病性障害といった重要な疾患は含まれていない。また,CBTの文献をくまなく集めたわけではなく,すでに確立している,または新しく進化しつつあるCBTモデルとそのアプローチを簡単に理解できるようにまとめている。本書は,臨床現場で役立つよう,そうしたCBT技法を一貫して理解するための基礎知識を提示している。個人的には,私は臨床家を訓練し,スーパーバイズする際に本書を用いている。また,各疾患へのCBTの知識を更新するためにも利用している。願わくば,あなたご自身,読者の方も同じように使っていただけると幸いである。

 ステファン・G・ホフマンPh. D.
 ボストン,マサチューセッツ州

*日本では看護師は処方できない。


訳者あとがき

 本書は,2011年秋に発刊された“An Introduction to Modern CBT:Psychological Solutions to Mental Health Problems”の邦訳である。著者のStefan G. Hofmann教授はボストン大学不安関連障害センターにおいて精力的に研究を展開させるとともに,国際認知療法学会と米国行動認知療法学会の会長を務めている(2012年10月現在)。さらに,臨床家や研究者を訓練し育成する教育者・スーパーバイザーであるとともに,自らも継続的にクライエントに接する熟練臨床家でもある。21世紀の認知行動療法の科学と臨床を先導する著者が,本書を通して現代の認知行動療法の姿を描き出している。

 本書のタイトルにある「モダン」さは,以下の3点に集約できる。
[CBTの伝統と革新]
 CBTはシンプルな原則に基づき,その実践を科学と臨床の場に曝し,たゆまぬ検証を重ねることで発展を続けている。本書では,CBTの中核的な方略である心理教育,認知再構成,曝露といった伝統的な技法が現代的に洗練された実践として紹介されている。それだけでなく,実証的検討が進められその知見が蓄積されつつあるマインドフルネスやアクセプタンス,慈愛瞑想といった新しい技法も紹介されている。その記述は家鶏野鶩(古いものを嫌って新奇なものを好む)なものではなく,「今この臨床の眼前にいる人に対して,何が役立つのか」という具体的観点からそれぞれの方略が紹介されており,そうした方略の実証的なエビデンスについても慎重に吟味されている。

[診断横断的なCBTモデルの疾患特異的適用]
 本書はひとつのCBTモデルで様々な疾患への治療モデルを提示し,それに基づいた介入を統一的に説明している。この診断横断的なモデルは,伝統的な認知理論と学習理論を踏まえつつも,感情調整や神経科学といった現代の科学研究の知見を考慮し構築されている。きっかけ,注意,認知(自動思考,スキーマ),感情,身体,行動を備えたこのCBTモデルは,臨床上での具体的なアセスメントや介入計画の策定の助けとなる。どこにどのように介入したらいいかの見取り図となるため,臨床家が自らの実践の全体的位置づけを検討する有用な道具となるだろう。本書を貫くCBTモデルは,臨床的な実践性を備えつつも,各疾患に対する方略全体を俯瞰させてくれ,さらに,疾患間の治療モデルの差異や共通点を知らせてくれる。

[医療現場におけるCBTの貢献]
 本書ではアルコール,性問題,痛み,睡眠といった医療・臨床場面で出会いやすい症状や疾患を取りあげている。CBTの適用はうつ病や不安障害に留まらず,こうした精神科的問題に対する広がりをみせている。読者は様々な疾患に対して,認知行動的な介入(筆者がいうところの「精神健康の問題に対する心理学的解決」)が,どのように達成されるのかを知ることができるだろう。従来まで,精神医療においては,薬物療法が医学モデルに基づいたもので,精神療法は心理学モデルに基づいたものと捉えられてきた。認知行動療法の有効性が上述のような広がりをもって医療分野で受け入れられていくことで,もはや,そうした二分法は意味をもたなくなり,行動医学的な観点がこれまでよりも重視されるようになるかもしれない。

 以上のように,本書は診断を越えた統一的なCBTモデルを採用することで,現代の臨床現場で目の当たりにしやすい疾患に対して,伝統と最新の介入方略を簡潔かつ明瞭に提示している。臨床実践において,現時点で臨床家が知っておくべき最低限かつ最重要な知見を紹介している。本書を手に取り,実際に読み進めていただいた読者の方には,そのような本書の特徴を実感していただけたものと想像する。

 最後に,本書の翻訳を支えていただいた方々に御礼を申し上げたい。訳文は,それぞれの臨床と研究に励む大江悠樹氏,加藤典子氏,中島 俊氏,堀田 亮氏,宮前光宏氏に確認いただいた。また,本書の発行に当たっては,診断と治療社の横手寛昭氏と川口晃太朗氏の丁寧な編集と校正に大きく助けられた。ここに記して,感謝の意を申し上げたい。そして最後に,本書の翻訳の意義を理解し支えてくれた家族にも,感謝を申し上げたい。

2012年10月
 伊藤正哉・堀越 勝