今なぜ発達行動学なのか診断と治療社 | 書籍詳細:今なぜ発達行動学なのか
胎児期からの行動メカニズム
同志社大学大学院心理学研究科赤ちゃん学研究センター 教授/兵庫県立リハビリテーション中央病院子どもの睡眠と発達医療センター センター長
小西 行郎(こにし ゆくお) 編著
日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 リサーチスペシャリスト
加藤 正晴(かとう まさはる) 著
自然科学研究機構生理学研究所発達生理学研究系生体恒常機能発達機構研究部門 教授
鍋倉 淳一(なべくら じゅんいち) 著
初版 A5判 並製 200頁 2013年07月25日発行
ISBN9784787820334
定価:4,180円(本体価格3,800円+税)冊
「動く」ことから「こころ」が生まれてくる,という仮説に基づき,胎児期からの運動を起点に,乳児期までの運動発達や認知情動発達について解説.謎に満ちた発達のメカニズムについての考証を繰り広げ,近年,とくに問題となっている発達障害も,行動の出発点である胎児期から,その発生メカニズムを前方視的に観察研究する必要がある,という考えに基づき,現在の発達障害の臨床に警鐘を鳴らしている.既存の発達神経学を再考証し,新しい学問としての発達行動学を模索した1冊.
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目次
はじめに―今なぜ発達行動学なのか /小西行郎
■ 第1章 ヒトの行動の始まりを考える /小西行郎
─■第1節 胎動の研究の歴史
a.胎動の発見
b.胎動の科学的研究の始まり
c.超音波の導入による胎児研究のブレイクスルー
d.「発達学」の成立
─■第2節 運動発達の俯瞰
─■第3節 胎動の出現・発達と中枢神経の発達
a.胎児はどのようにして動くようになるのか
b.原始反射が生まれるメカニズムと原始反射の意義
c.原始反射の消失
d.胎児はなぜ指しゃぶりをするのか
e.general movement(GM)の謎
f.胎動は年齢変化するのか
g.胎動とサーカディアンリズムの形成
h.表情の出現:胎児はなぜ笑うのか
i.胎動の種類と新生児期の運動への移行とは
j.胎動に影響を与えるものと胎動の異常
k.胎児の感覚機能
■ 第2章 発達期における脳機能回路の再編成 /鍋倉淳一
─■第1節 神経回路の基本単位
─■第2節 神経ネットワークの形成
a.大脳皮質の形成
b.グリア細胞の発生と発達
─■第3節 神経回路の再編成
a.配線が変わる:余剰な神経回路連絡の除去
b.情報の受け渡しの方法が変わる
─■第4節 今後の課題
■ 第3章 視覚・聴覚・触覚とその統合・発達 /加藤正晴
─■第1節 視覚の発達
a.視覚の情報経路
b.視力の発達
c.立体視と奥行き知覚
d.運動視の発達
e.色の知覚
─■第2節 聴覚の発達
a.聴覚の情報経路
b.さまざまな聴覚の発達
c.カテゴリカル知覚
─■第3節 触覚の発達
a.センサ部分の構造
b.触覚,自己受容感覚の情報経路
c.触覚の発達
─■第4節 嗅覚と味覚の発達
a.嗅覚と味覚の情報経路
b.嗅覚と味覚の発達
c.嗅覚と味覚の記憶
─■第5節 複数感覚の統合
a.一体化した世界の知覚
b.感覚間の共通属性による統合
c.McGurk効果
d.共感覚とは
e.共感覚の種類
f.共感覚を説明するモデル
g.今後の展望
■ 第4章 発達学の再構築 /小西行郎
─■第1節 覆されたneuronal maturationist model(NMM)
─■第2節 神経ダーウィニズム(neuronal group selection theory)
─■第3節 脳の可塑性とシナプスの過形成と刈り込み
─■第4節 発達学再考
■ 第5章 新生児の運動 /小西行郎
─■第1節 新生児の運動
─■第2節 原始反射の発達
─■第3節 general movement(GM)の発達と意義
─■第4節 随意運動は新生児期から?
─■第5節 運動と知覚の輪が認知を造る
■ 第6章 運動発達の原則を見直す /小西行郎
─■第1節 自己の身体認知と利き手
a.自己の身体認知
b.自己近接空間
c.胎児期の接触行動と利き手
─■第2節 自己の運動認知
─■第3節 ヒトはなぜ歩けるようになるのか
─■第4節 運動発達の順序性
─■第5節 発達の節目―運動発達と認知・社会性の発達の大きな変換点
─■第6節 全体の運動から個々の運動へ
─■第7節 運動の多様性を造る
─■第8節 ミラーニューロン発見の意味
あとがき /小西行郎
INDEX
編集者・執筆者略歴
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序文
発達神経学という講座を世界で初めて開設したのは,オランダ・フローニンゲン大学のPrechtlプレヒテル教授である.この講座のそれまでとの違いは,神経生理学と神経行動学を融合したこと,ならびに,発達を胎児期からみようとしたことにあると思われる.彼の教室には生理学の教授と小児神経学の教授がおり,協力しながら研究を行っていた.1984年に発行された彼の著書1)はそうした研究のいわば中間報告であり,そこには胎動の始まりから,その変化と神経組織の成長発達の関係を中心に行動発達がまとめられている.
そのなかで,新生児の行動の中心とされている原始反射について述べられている2).そこでは,原始反射は自発運動の一部であり,特定の刺激により必ず引き出されるものである,という新しい仮説が提言されている.さらに,胎児の行動と新生児の行動の連続性についても明らかにされている.心理学にせよ神経学にせよ,それまでは出生後の行動発達をヒトの行動の始まりとしてとらえ,そこから発達が研究されていた.しかしPrechtlは,胎児期から行動発達が始まっているとし,胎児期から出生後までの神経機能の連続性の重要性を強調した.彼の主張は従来と異なる新しい視点として注目を浴びた.
後述するように,早くから胎児に興味をもっていたのは,産婦人科医を除けば宗教家や芸術家であり,医学の分野では精神科医であった.自分が子どもであったことを振り返ることによって子ども像を再構成しようとする精神科医は,2~3歳の子どもからの聴き取りや催眠術などによって子宮での出来事を再構成しようとした.しかしながら,そういった方法が客観的で十分に科学的であるとはいい難い.Prechtlはそこに注目し,ちょうどそのころ臨床応用の始まった超音波診断装置を用いて胎児の行動を詳細に観察した.さらに,新生児にはポリグラフによる詳細な生理学的検査とgeneral movement(GM)などの行動観察をビデオ記録によって行い,胎児~乳児に至るまで総合的で系統だった研究を行った.
それ以降の観察は,Touwenら小児神経学者によって引き継がれた.膨大な研究成果が得られ,それまでの発達神経学は一新されたといっても過言ではない.1980年頃に発見され神経科学に大きな衝撃を与えた神経細胞の細胞死やシナプスの過形成と刈り込みという概念3)も,1984年に発行されたPrechtlの著書には組み込まれており,これが,この書籍が今でも十分に研究者の資料として一級の価値をもっている理由であろう.
さて一方,最近の脳機能画像を中心とした脳科学の進歩には目を見張るものがあり,認知発達心理学もまた新しい時代を築きつつある.しかしながら臨床医学,とりわけ小児科領域においては,発達学はほとんど大きな変化がないように思える.教科書の中でも発達の項目はきわめて小さくしか扱われておらず,単に運動や知能テストの項目を覚えるだけのものとなっている.また発達障害の臨床の場においては,遺伝子や生化学的なアプローチに関心をもつ小児科医が増え,診断することのみが小児科医の任務であると考えるものが少なくない.療育の場では精神科的発想がむしろ中心となっており,振り返りである再構成論が幅を利かせるようになってきている.しかしながら,医療とは疾病や障害の診断をすることのみではなく,その発生メカニズムを明らかにし,科学的な治療法を開発することにある.そのためには,発達障害においても行動の出発点である胎児期から,その発生のメカニズムを前方視的に観察研究しなければならない.
本書では,そうした観点から既存の発達神経学を再考証し,新しい学問領域としての発達行動学の構築を模索してみたいと考えている.
2013年6月
小西行郎
1)Prechtl HFR(ed). Continuity of Neural Functions from Prenatal to Postnatal Life. Clinic in Developmental Medicine No.94. Spastics International Medical Publications, 1984
2)Touwen BCL. Primitive reflexes-conceptional or semantic problem? In:Prechtl HFR(ed),
Continuity of Neural Functions from Prenatal to Postnatal Life.Clinic in Developmental Medicine No.94. Spastics International Medical Publications, 1984;115-125
3)Huttenlocher PR. Neural Plasticity. Harvard University Press, 2002