急性期の脳卒中診療には,救急隊からリハビリスタッフまでのシームレスな医療体制をいかに構築するかにかかっている.本書は,脳梗塞血管内治療を実践しているエキスパートが,これから脳血管内治療に取り組もうとしている内科医,診療に関わる医療スタッフのために,診療の流れ,スタッフの役割,導入のためのコツとノウハウをわかりやすくかつあますことなく紹介した,脳血管内治療に携わる医療職のための入門書.
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目次
はじめに 幸原伸夫
Ⅰ 脳血管内治療の最近の動向
A 血管内再開通療法の歴史 坂井信幸・他
B 血管内治療の有効性 早川幹人
C 血管内治療の合併症 山本司郎
D 時間短縮の意義 板橋 亮
E 時間短縮への取り組みの成果 今村博敏
Ⅱ 各職種のかかわり
A 救急隊による病院前救急活動 井上 彰
B 救急外来での時間短縮の取り組み 齊藤智成
C 救急医・当直医による救急外来での診療 神谷侑画
D 看護師の救急対応 藤堂謙一
E 緊急撮像のポイント 藤堂謙一
Ⅲ さまざまな救急体制の紹介
A 総合ER型 藤原 悟
B Drip-ship法 黒田淳子・他
C モバイルチーム型 天野達雄
D ドクターヘリを活用した広域医療圏での取り組み 今堀太一郎・他
E 遠隔医療の活用 小林和人・他
Ⅳ 治療適応の判断
A 初期診断のポイント 村瀬 翔
B 治療適応判断のポイント 藤堂謙一
C 時間をどうとらえるか 藤堂謙一
D 画像診断をどこまで行うか 河野智之
E 高齢者や重症例に対する適応をどうするか 藤堂謙一
Ⅴ 治療の実際
A rt-PA投与の実際 星 拓
B 血管内治療の実際 有村公一
C 合併症の実際 藤堂謙一
Ⅵ 治療後の管理
A 病型診断のための検査 藤堂謙一
B 心房細動の発見 芝崎謙作
C 血行再建治療後の抗血栓薬の選択 藤堂謙一
D リハビリテーション(早期リハ) 岩田健太郎
E 心房細動に対するカテーテルアブレーション 小堀敦志
Ⅶ 実際の症例提示
A 救急隊の判断により早期治療に至った症例 藤堂謙一
B トリアージナースの判断により早期治療に至った症例 藤堂謙一
C 梗塞巣が大きかったが転帰良好であった症例 藤堂謙一
D 高齢だが転帰良好であった症例 村瀬 翔
E 重症であったが転帰良好であった症例 上田 潤
F 入院中の院内発症例 藤原 悟
G 合併症症例 別府幹也
本書で用いる主な略語等
索引
■Column目次
rt-PA静注療法後の動脈穿刺に関連した皮下血腫 山本司郎
Drip-ship法 藤堂謙一
広域ヘリの活用 藤堂謙一
時間勝負のその他の手技 藤堂謙一
昏睡患者は目で訴える 藤堂謙一
合併症症例 藤堂謙一
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序文
私が医師になった1980年(CTが普及し始めた頃です),脳梗塞で病院へ運ばれてきた患者さんのほとんどはベッドで寝かされ輸液しながら様子をみるだけでした.2週間ほどして落ちついてからゆっくりとリハビリを始め,2~3か月入院して自宅に退院する.余裕のある患者は遠くのリハビリ病院で湯治をかねてリハビリを受ける,といったことが一般的でした.脳卒中は神経系の様々な症候学や脳の機能を学ぶための宝庫ですので神経内科や脳外科医にとって興味は尽きないのですが,急性期治療という観点からは自然回復を見ながら合併症を起こさないように気をつけて経過観察することしかできませんでした.時は流れ2001年に神戸に赴任し神経内科を任されることになりました.ほどなく脳外科のスタッフに坂井信幸先生が加わり,心臓と同じように脳でも急性期に血管内治療ができることを目の前で示されました.専門外の私でもこれから脳卒中診療は変わっていくということを肌で感じた時でした.それから15年,rt-PAの導入,カテーテルやステントなどのデバイスの進歩,診療システムの見直しなどで急性期の脳梗塞の診療は様変わりしてきています.救急隊への連絡から到着までの時間,診断と治療開始までの時間の短縮,rt-PAをしながらの血管撮影,血管内治療,そして入院初日から始まるリハビリテーション,リハビリテーション専門施設へのスムーズな転院,といった流れが今では当たり前のように進むようになりました.これは救急部,脳外科や神経内科だけでなくコメディカルや事務系の方々を含めた病院全体が一体となった取り組みの結果です.この神戸市立医療センター中央市民病院の経験が,これから脳卒中診療・脳血管内治療を志す方々のために少しでもお役に立てればと思い本書を企画しました.
本書は単に脳梗塞の血管内治療の解説をしている本ではありません.救急隊からリハビリテーションに至るすべてに必要な事項を,医師のみならず診療に関わるあらゆる職種の方々に参加していただいて脳梗塞の急性期血管内治療の診療全体を包括的に記述した,文字通り「チームで成功させる」ことを主眼とした本です.当院のように診療を進めることができる施設はまだ限られていると思いますが,おそらく10年後には地域の基幹病院では本書に書かれた以上のことが,どこでもあたりまえにできるようになっていることでしょう.そのためのステップとして本書が皆様方の施設で役立つことを願っています.
当院の神経内科では脳卒中だけでなく神経変性疾患,神経筋疾患,神経感染症などの様々な患者さんを同時に多数診療しています.脳卒中診療が様変わりしていく中で,脳卒中診療のなかでの神経内科の位置づけも大きな課題でした.脳卒中患者は容易にけいれんを生じます.感染性心内膜炎や悪性腫瘍が背景にある人もいます.リンパ腫や炎症性疾患との鑑別を要する場合やFisher症候群やGuillain-Barré症候群,重症筋無力症,多発性硬化症などが脳卒中と紛らわしいこともあります.さらに圧迫性ニューロパチーや頚椎症の合併もよくみられます.こういった症例を数多く経験しながら,脳卒中診療には神経系はもちろんのこと,内科,医学全般の広い視野が必要だと痛切に感じてきました.神経内科の中で各医師は分野ごとにある程度仕事を分担してはいますが,情報を共有し専門にかかわらずお互いに協力しあって幅広く診療を行うようにしています.限られた人材の有効な活用という観点からも,広い視野で患者を診るという点からも大切なことだと考えているからです.スペシャリストとしての技術を持ちながら広い視野で診療できる診療体制が,個人としても組織としても理想だと考えています.当院では神経内科と脳外科の間はほとんどシームレスに繋がっており血管内治療も協力して行っています.また救急部やリハビリテーション部,循環器グループをはじめとする病院全体の様々な分野とも緊密な関係を築くよう努力しています.こういったチームワークこそが脳卒中診療のみならず,すべての医療にとって最も大切なことだと考えているからです.そうすればどんな背景の患者であろうと最善の治療を行うことができる.私たちは脳血管障害診療部門を総合脳卒中センターと呼んでいますが,あえて総合と名付けているのは,神経内科や脳外科にとどまらない幅広い集学的な診療を目指しているからです.
本書は総合脳卒中センターと関連領域のスタッフの総力を挙げて完成しました.われわれだけでは力不足の部分については院外の各領域の専門家のご助力もいただきました.この場を借りて深謝いたします.最後にこの15年間私たちのグループを支えてくれてきたすべてのスタッフの熱意と努力に改めて感謝します.
2016年7月編集者を代表して
神戸市立医療センター中央市民病院
副院長・神経内科部長 幸原伸夫