アディクションからコネクションへ――依存症診療の新しいコモン
およそ30年ぶりの改定となる『ICD-11』への新規収載,『DSM-5』における「物質関連障害」から「物質関連障害及び嗜癖性障害」への名称変更など,近年,ますます医学的な治療の必要が認められつつある,行為(プロセス)依存(嗜癖,アディクション)に対する診療を纏めた待望の一冊! なかでも社会的な問題として扱われることの多い「インターネット・ゲーム・SNS依存」「性依存症」「クレプトマニア(窃盗症)」「ギャンブル依存症」の診断・治療から再発防止プログラムまでを,依存症ケアの最前線で活躍する経験豊かな執筆陣によって実践的に解説.第6章には「治療的司法と就労支援」を掲載し,「アディクションからコネクション」への架橋を目指した,ケアに関わるすべての人に捧げるケアフルな一冊です!
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目次
序にかえて 西村光太郎
第1章 イントロダクション 斉藤章佳
1 はじめに
2 行為(プロセス)依存概念の拡大
3 特定の行為にはまるとは?
4 アディクションの世界
第2章 インターネット・ゲーム・SNS依存の診断・治療と再発防止プログラム 西村光太郎
1 インターネット・ゲーム・SNS依存の概説
2 インターネット・ゲーム・SNS依存患者の症例
3 インターネット・ゲーム・SNS依存の診断
4 インターネット・ゲーム・SNS依存の治療
5 インターネット・ゲーム・SNS依存の再発防止プログラム
第3章 性依存症の診断・治療と再発防止プログラム 斉藤章佳,大石雅
1 性依存症の概説
2 性依存症の診断
3 性依存症の治療
4 性依存症の再発防止プログラム
5 性依存症の症例
第4章 クレプトマニア(窃盗症)の診断・治療と再発防止プログラム 竹村道夫,斉藤章佳
1 クレプトマニア(窃盗症)の概説
2 クレプトマニア(窃盗症)の診断
3 クレプトマニア(窃盗症)の治療
4 クレプトマニア(窃盗症)の再発防止プログラム
5 コロナ禍におけるクレプトマニア(窃盗症)の治療
6 榎本クリニックにおけるクレプトマニア(窃盗症)の再発防止プログラム
第5章 ギャンブル依存症の診断・治療と再発防止プログラム 西村光太郎
1 ギャンブル依存症の概説
2 ギャンブル依存症の診断
3 ギャンブル依存症の治療
4 ギャンブル依存症の再発防止プログラム
第6章 治療的司法と就労支援 菅原直美,大石雅
1 治療的司法と行為(プロセス)依存症
2 行為(プロセス)依存症と就労支援
索引
著者略歴
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序文
序にかえて
依存症という言葉が世間に認知されるようになってきてから久しいですが,そもそも依存症とは何であるのか? 単に依存するということとはどう違うのか? 最初にこのことから説明したいと思います.
〈依存〉という言葉の定義は「他のものをたよりとして存在すること」(広辞苑)です.これを言葉通りに捉えれば世のなかのあらゆる生物は何かに依存していることになります.人間なら生まれたばかりの赤ん坊は誰かに助けてもらわなければ生きてはいけません.動物も他の生物を食べることによって命を繫いでいます.植物すらも水や太陽の光がなければ生きていくことはできません.
では〈依存〉と〈依存症〉にはどういう違いがあるのでしょうか?〈依存症〉という言葉の定義は「あるものに頼ることをやめられない状態」(広辞苑)です.しかし,これを言葉通りに捉えると「やめられない状態」の何が問題なのか? ということになります.世のなかには多くの対象に多くの愛好家がいます.あるお菓子が大好きで毎日のように食べ続ける人,あるスポーツが大好きで毎日のように練習や試合を続けている人,カラオケが大好きで毎日のように歌い続けている人,温泉に入るのが大好きで温泉地に移住して毎日入り続けている人,研究が大好きで毎日,実験室に入り浸りで研究に没頭している人,等々.これらは確かに依存症といえる状態かもしれません.しかし,それで何か問題があるのでしょうか? 何も問題が生じてなければ,これらの状態が続いていてもよいのではないかと考えられます.
では,医学的に〈依存症〉と考えられるのはどのような状況なのでしょうか? それは〈身体的〉〈精神的〉〈社会的〉のいずれかまたは複数の部分で〈困ったことになっている状態〉です.
たとえば,飲酒愛好家の方がいたとします.晩酌が楽しみで毎日飲んでいます.本人はその習慣を止められません.しかし定期健診では身体的に問題なし,気分も毎日上々,職場でも家庭でも円満に過ごせている.このような方は医学的には当然,依存症とはいえませんし,治療の必要もないでしょう.一方でたまにしか飲酒しないのですが,その都度,記憶を失って大暴れをしてしまい警察の厄介になる方もいらっしゃいます.これは飲酒によって〈精神的〉〈社会的〉な問題が生じているといえるでしょう.一度だけなら「深酒して悪酔いしたせいだ」ですむかもしれません.しかし,同様のケースが二度三度と続くようならばこれは医学的に〈依存症〉と考えられ,治療すべき対象になります.
依存症については世間一般の方々と治療者の間でその認識に乖離が生じているのが現状です.その乖離を埋めていくのも,われわれ治療者に今後,求められることであると考えられます.
2022年2月
国立病院機構久里浜医療センター 精神科
西村光太郎