2437症例でわかる小児神経疾患の遺伝学的アプローチ
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691 Down症候群の家族歴のある新生男児 Point ❶  顔貌の所見や手掌の単一屈曲線,筋緊張低下,哺乳不良などからDown症候群が第一の鑑別にあがる.心雑音はなく,呼吸も良好であり,大きな合併症のリスクは少ないことが予想される.医学的には染色体検査で21 trisomyをまず確認することとなる.このようなケースは小児科,あるいは新生児科では日常的によく経験する.しかし,よく知っていると思っているとかえって落とし穴に陥る恐れがあるので,万全の注意が必要である. 本例の母方叔父(Ⅱ-4)は小児期にDown症候群と診断されている.通常,trisomy型Down症候群の場合は生殖細胞系の減数分裂における染色体不分離によって生じ,いわゆる突然変異として発症するため,低頻度モザイク以外では同一家系内で遺伝することはない.しかし,Down症候群の核型では,full trisomyだけではなく,いわゆるRobertson転座といわれる転座型も存在する.Robertson転座で最も多いのは,21番染色体が互いにacrocentricな14番染色体の短腕に転座するrob(14;21)である(図2).この場合,両親の一方が転座保因者である可能性がある.したがって本症例の母方叔父(Ⅱ-4)は転座型tri-somyによるDown症候群であり,母親がrob(14;21)の保因者,さらに母方の祖父母の一方も保因者である可能性がある.もし母親が保因者である場合には,次子における再発のリスクがあるので,trisomy型Down症候群とは異なり,遺伝カウンセリングにつなげるなど,十分な配慮が必要である. Point ❷  本例の家系からいえるように,Down症候群の診断においては転座型trisomyを見逃さないようにしなければならない.FISH法で21番染色体が3本あることを単に確認するだけでは転座型trisomyを見逃してしまうため,適切でないことが理解できよう.先天性心疾患などのため,診断を迅速に行う目的で間期核FISHをオーダーする場合もありえるが,その場合でも全身状態が落ち着いた段階でG-band法により核型を確定させておく必要がある.以上からMLPA法やマイクロアレイ染色体検査によるゲノムコピー数解析は,Down症候群の診断には不適切であることも理解できよう. Point ❸  G-band法は保険診療で行うことができるため,安易に行われがちである(2018年4月改訂,3,028点).しかし,染色体検査には,通常の検体検査とは異なる特殊性がある.それは,「生殖細胞系列」における遺伝学的検査の一部であり,生涯変化することがない情報を調べるという特殊性と,家系内で共有されている可能性があるという特殊性である. 染色体検査は白血病など腫瘍性疾患においても行われている.染色体の転座が白血病の発症機転になっている場合があり,診断に重要である.しかし,このような疾患臓器に特異的ないわゆる「体細胞系列」の変化は,生涯変わらない遺伝情報ではなく,家系内で共有されているものでもないので,家系内で遺伝する「生殖細胞系列」とは区別して考える必要がある.ただし,染色体検査は網羅的な検査であり,白血病の診断のために行った染色体検査で偶然「生殖細胞系列」の均衡転座などの変化が見つかることもあるので注意が必要である.まとめ 本症例の場合,母親自身(Ⅱ-3)や父親(Ⅱ-2)が,母方叔父(Ⅱ-4)の核型や,それが転座型Down症候群であった場合には遺伝する可能性があることを知っていたかどうかまだわからない.「目の前の患者(発端者)の診断のためだけに行うもの」と考えて行った染色体検査で転座型trisomyが明らかになれば,その結果は診断対象ではない母親の核型をも明らかにしてしまう可能性がある.診断にあたる医師は,出産後間もない時期であり,母子の愛着形成がまだ乏しいことに配慮しなければならないことはいrob(14;21)chr14chr21chr21図2 rob(14;21)による転座型Down症候群の核型例.患者は14番染色体短腕に転座した21番染色体に加えて,2本の21番染色体を持つため,21番染色体は3本分のコピーを持つことになる.

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