2509産婦人科医療裁判に学ぶ
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169第3章 医療裁判Q & A 医学的知見とは何でしょうか.医学的な知識,見識を指す言葉であり,多くの医療訴訟において判決の前提・土台をなすものです.診療行為に対して医療水準という基準を設定し,その医療水準を下回った診療行為が行われた場合に過失が認められます.この「医療水準」の内容について,判決文では,「確立した医学的知見」などと表現されることもあり,本事例でもそのような表現がなされています. 医療水準の主たる内容としては,①基準時は診療当時,②内容は研究医学ではなく臨床医学の実践,③主体は研修医や専門医等を問わない,④医師の専門分野,医療機関の性格,医療機関の所在地域などにより異なり得るもの,とされています. 本事案のように明確な指針がない分野の場合,医療水準に適う医学的知見の有無はどのように判断されるのでしょうか.原告や被告から提出される様々な医学文献,専門医の意見書,添付文書,診療ガイドライン,鑑定医による鑑定の結果等を踏まえて裁判官が判断します. 本件のように,明確な指針がない分野においては,法的な医療水準(≒医学的知見)の明確な設定が難しくなるため,結果として医師の裁量が大きく認められたかのような判決もみられます. しかし,これは決して医師の無限定の裁量を認めているものではありません.法的な医療水準(≒医学的知見)を下回った医療行為を行えば過失があるものと判断されます(控訴審では,本件手術当時,経腹的な減胎手術において21ないし23ゲージの穿刺針の使用が主流であり,16ゲージの穿刺針を用いる合理性を見出し難いとして,穿刺針の選択につき過失が認められています). 本事案では医療機関側の過失がないとされたとのことですが,減胎手術は適法であると理解してよいのでしょうか.減胎手術が適法であるという判断はされておらず,そのように理解するのは早計です.減胎手術については,適法性や生命倫理の観点からの問題点,母体保護法で許容される人工妊娠中絶手術に該当しないため刑法上の堕胎罪に当たり得るなどの問題点が指摘されています. この点,本裁判例は,減胎手術について,「母体保護法の定める術式に合致しない手術であるとの指摘や,減胎される胎児の選び方(障害の有無や男女の別)について倫理面の問題も指摘される」2 減胎手術の適法性に関して

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