2544糖尿病学2022
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13 2021年は,BantingとBestによってインスリンが発見されてから100周年の記念すべき年であった.この間,インスリンシグナルの主要な経路はほぼ解明され,インスリン製剤をはじめとする糖尿病治療薬についても大きな進歩があった.しかしながら,糖代謝作用以外のインスリン作用の全容解明にはほど遠く,インスリンの作用不足に基づく代謝疾患群である「糖尿病」という疾患の理解,そしてその克服には至っていない.このような背景から日本糖尿病学会では,世界糖尿病デーに合わせて記念のシンポジウムを開催し,ステートメント「今,あらためて糖尿病を問い直す」を発表した(図1). 糖尿病は,「インスリン作用の不足による慢性高血糖を主徴とし,種々の特徴的な代謝異常を伴う疾患群」と定義されている.そして,その診断基準として用いられている空腹時血糖値,75 g経口ブドウ糖負荷試験の2時間値,HbA1c値は,いずれもそれ以上では糖尿病に固有の合併症である糖尿病性網膜症の有病率が有意に増加する値となっている1).しかしながら,糖尿病性網膜症は,糖尿病に罹患して高血糖状態が数年から10年以上経過するといわれており,診断時点で網膜症が存在するということは,過去の高血糖状態が見逃されている,わずかな血糖値の上昇にもとう網膜症発症の感受性の高い人がいる,高血糖以外にも網膜症を促進させる因子がある,等の可能性がある.いずれの場合であっても,糖尿病の定義や診断基準の変更にもつながりかねない大きな問題であり,今後研究を進めなければならない. 糖尿病の細小合併症は,慢性的な高血糖に臓器が曝露されることによって生じると考えられるが,血糖コントロールが良好でない状態が続いても細小血管症を発症する人としない人がいることから2),遺伝的素因も重要であり,これを明らかにすることが発症メカニズムの解明や治療法の開発につながると考えられる.一方で,大血管症やNASH(nonalcoholic steatohepa-titis),認知症などはインスリン抵抗性やそれに付随する高インスリン血症との関連がいわれている3‒5).これらの疾患では,臓器の障害がインスリン作用の不足によるのか過剰によるのかは明らかでない.インスリン受容体は,全身のほとんどの臓器に発現しており,いまだに同定されていないインスリン作用があり,糖尿病ではその作用の低下によって生じている併存症もあはじめに糖尿病の診断は現在のままでよいのか糖尿病の合併症・併存症発症のメカニズムは何か基礎研究インスリン発見から100年「今,あらためて糖尿病を問い直す」1植木浩二郎国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター

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