505050はじめにマルトリ(虐待やネグレクト)のテーマを扱ううえで最初に直面するのが,「虐待とは何か」という問題である.内容は多岐多様であり,したがってその影響もさまざまである.直接的に殴る,蹴るなど,身体に直接暴行を加える「身体的虐待」から,暴言や人格否定などの「精神的虐待」,性交渉の強要や身体を触る,性行為を見せるなどの「性的虐待」,必要な世話を与えずに放置する「ネグレクト」,などが代表的である.内容はさまざまであるが,ひとつ共通していることがある.それが,「親子の愛着(アタッチメント)が正しく結べていない」という点であろう 1).それでは,愛着とはそもそも何なのか,愛着が正しく結べなければなぜ問題が起こり,さまざまな症状が引き起こされるのかを説明するために,まず3つの有名な研究を紹介したい.愛着に関する3つの研究愛着理論の確立―「安全」と「探索」愛着とは,養育者と子どもの結びつきのことである.「愛着は人間の赤子が生き延びるために必要不可欠なものである」という「愛着理論」を確立したのが,英国の精神科医のジョン・ボウルビィと,アメリカの発達心理学者のメアリー・エインズワースである 2).ボウルビィは施設で働いているときに,そこにいる両親と安定した関係を築けていない子どもたちが,打ち解けずに無口であったり,過度になれなれしくまとわりついたりする傾向があることに気づいた.人間の子どもが生き延びるためには,「安全」と「探索」という2つの相反することがマルトリによって起こる多彩な症状 ―子どもの場合―マルトリの臨床的アセスメントA第2章POINTマルトリにより,アタッチメントを結ぶのが難しくなる.養育者と愛着が正しく結べないとその後に出会う人との関係がうまく築けず,結果として自己肯定感が低下するなどのさらなる問題を抱えることになる.マルトリはマルトリを受けた人の子ども時代をつらいものにするだけではなく,人生を通して人間関係に影を落とすことになりうる.
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