2711向精神薬を紐解く
8/10

きよ使っている清198Column 41夏目漱石の「坊っちゃん」は ADHD であった⁉ 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の書き出しは,「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」と始まる.そして,「小学校に居る時分,学校の二階から飛び降り」たのは,「二階から首を出していたら,同級生の一人が冗談に,いくら威張っても,そこから飛び降りることは出来まい.弱虫やーい.と囃したからである」という.また,「親類のものから西洋製のナイフを貰って綺麗な刃を日に翳して,友達に見せていたら,一人が光ることは光るが切れそうもないと言った.切れぬことがあるか,何でも切って見せると受け合った.そんなら君の指を切って見せろと注文したから,何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ」という.無思慮で衝動的な性格であったようである. 両親も手を焼いたようで,父は「こいつはどうせろくなものにならない」と言い,母は「乱暴で乱暴でいく先が案じられる」といった.兄とは「ある時将棋をさしたら卑怯な待駒をして,人が困ると嬉しそうに冷やかした.あんまり腹が立ったから,手にあった飛車を眉間へたたきつけてやった.眉間が割れて少々血が出た」と,激しいけんかをしたようである.感情的で衝動的な性格は周辺にも知られていたようで,「町内では乱暴者の悪太郎と爪弾きをする」といった状態にあった.しかし,「十年来召しという下女が,おれを非常に可愛がってくれた」,「あなたはまっすぐでよいご気性だと褒めることがあった」と唯一の味方になってくれた. それでも学業成績はよく「物理学校」を卒業し,教師として四国の松山に赴任した.しかし,大人になっても衝動性は変わらなかったようである.「野だは大嫌いだ.こんな奴は沢庵石をつけて海の底へ沈めちまう方が日本の為だ.赤シャツは声が気に食わない.あれは持ち前の声をわざと気取ってあんな優しい様に見せているんだろう.いくら気取ったって,あの面じゃ駄目だ」と,悪口雑言を吐く.結局,坊っちゃんは赤シャツや野だを殴って腹いせをするものの,最終的には山嵐とともに中学校を追われる. 「坊っちゃん」はなかなかの問題児であり,現代であれば小児精神科を受診して抗 ADHD 薬を処方されていたかもしれない.大人になると ADHD の多動症状は落ち着くことがあるが,不注意や衝動性は持続することが少なくない.小児期に開始された抗 ADHD 薬をいつまで続けるかについては必ずしも一定の見解はない.抗 ADHD 薬は成人期以降に中止されることが多いようであるが,明らかな効果があって乱用や依存がなく,副作用が回避できている状況にあれば続けてよいと思われる.

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る