2730産科麻酔化学
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分娩はより安全な方法として確立されていった 7).1990年代以降は,硬膜外鎮痛と脊髄くも膜下鎮痛を併用するCSEAや,PCEAが導入され,分娩時鎮痛の多様化と患者満足度の向上が図られている 8).現在,アメリカでは分娩の7割以上で硬膜外鎮痛が使用されており 9),フランスでは8割に達している 10).2)周産期における産科麻酔科医の活躍Apgar スコアで有名なVirginia Apgarはアメリカ・コロンビア大学医学部の産科麻酔科医であった.同大初の女性教授となった彼女はそれまでサイエンスとは無縁であった新生児の蘇生という領域を開拓し,周産期医療に多大なる功績を残した 11).Apgarに次いでコロンビア大学麻酔科の2人目の女性教授となった森島久代先生は様々な困難にあって産科麻酔の研究を推進し,局所麻酔薬の周産期薬理学の分野で多大なる功績を残した 12)13).日本における産科麻酔の歴史1)世界に遅れて普及した日本の産科麻酔わが国初の帝王切開は1852年に現在の埼玉県飯能市にて実施されたとされているが,当時は麻酔を伴わずに行われた.1848年にクロロホルムの医療応用が伝えられ,1897年には帝王切開に麻酔が使用されている 14)15).1916年には与謝野晶子がスコポラミンとアヘンアルカロイドによる無痛分娩を受けたとされ,無痛分娩の早期実践例として注目されている 16).戦後になると,麻酔科医による「バランス麻酔法」が主流となり,1970年代には硬膜外麻酔が一般化した.特に昭和40年代には,持続硬膜外鎮痛による無痛分娩の実施が報告され,無痛分娩研究会(現・日本産科麻酔学会)の設立を経て,産科麻酔の体制は整備されてきた 17).しかしながら,いわゆる自然分娩信仰などの文化的背景,麻酔科医不足,一次施設で大半の分娩を取り扱う分娩施設の分散化などにより,日本における無痛分娩の普及率は長らく低迷していた.2010年代以降になると,患者のニーズやメディアの影響を受け,徐々に分娩時の硬膜外鎮痛の認知が進んだ.2)日本における安全な産科麻酔の提供に向けた取り組み妊産婦死亡症例検討評価委員会は,2010年より母体死亡症例の検討から得られた知見をもとに「母体安全への提言」を毎年発表している.2016年の「母体安全への提言」では,硬膜外無痛分娩に関連する母体死亡事例を受け,無痛分娩を実施する施設において器械分娩や異常出血,麻酔合併症に対応できる体制の整備がはじめて提言された 18).きっかけとなったのは全脊髄くも膜下麻酔による母体死亡であり,無痛分娩では分娩促進や器械分娩の増加により出血リスクが高まるため,安全管理の重要性が指摘された.その後,2017年には全脊髄くも膜下麻酔などの麻酔合併症による母体の急変事例が相次いで報道され,社会問題となった.これを受けて日本産婦人科医会は全国調査を実施し,無痛分娩の実施割合が年々増加していることが明らかになった 19).厚生労働省は無痛分娩の安全性確保のため,同年7月に「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」特別研究班(海野班)を設置し,無痛分娩にかかわる医療者の研修制度の整備,診療体制に関する情報公開の推進,有害事象の収集・分析体制の整備を提言した.その21 産科麻酔学(Obstetric Anesthesiology)を学ぶにあたって    3第1章産科麻酔学とは

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