免疫・炎症疾患のすべて
定価:6,050円(税込)
はじめに
発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)は,①血管内溶血とヘモグロビン尿,②血栓症,③造血不全を3大徴候とする造血幹細胞疾患である.
1993年に,木下タロウ博士を中心とするわれわれ大阪大学グループが,その責任遺伝子としてPIGA遺伝子を同定した.当時,PNH研究はこれで解決かと思われたが,そう簡単ではなかった.PNHという疾患が,いかに成立するのかというPNHクローン拡大の機序は,未だ十分に解明されたとは言いがたい.そのため,治療のアプローチも容易ではなく,単に責任遺伝子を置換・修復(遺伝子治療)したのでは,根治には至らないのである.PNHの希少性も相まって,長らくPNH溶血に対する有効な治療法は開発されてこなかった.
1995年から2008年の約10年間,筆者は米国Duke大学において,PNH治療の開発を目指して研究を行っていた.PNH溶血に対する治療を,副作用を最小限に抑えるためには,C9(補体第9因子)が最適の標的と考えており,実は今でもそう思っている.2003年に主催したDuke Symposium on PNHにおいて,Peter Hillmen博士から11例の英国患者を対象とした抗C5抗体エクリズマブを用いたパイロット試験の成績が公表され,PNH溶血に対する劇的な改善効果が示された.当初,筆者は髄膜炎菌感染症のリスクを危惧していたが,その後の対策強化もあり,引き続き重要な課題ではあるが,マネジメント可能な疾患である.続いて行われた国際共同第Ⅲ相試験TRIUMPHとSHEPHERDの成績を受けて,2007年には,米欧で相次いで承認に至ったが,残念ながら日本はこの臨床試験に参加が叶わず,後陣を拝することとなった.
そこで,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業特発性造血障害に関する調査研究班の小峰光博班長(当時)の尽力もあり,2004年より日本独自の臨床試験実現に向けてアレクシオン社と会合を重ね,第Ⅲ相AEGIS試験の実施にこぎつけ,2010年に承認に至った.エクリズマブは,維持期に2週ごとの点滴静注が必要であるが,リサイクリング抗体であるラブリズマブ,クロバリマブが開発され,それぞれ8週ごとの点滴静注,4週ごとの皮下注射が可能となり,利便性は更に向上した.これら終末補体阻害薬は,PNH溶血だけでなく,血栓の予防効果,QOLの改善などさまざまな効果が期待されるが,貧血や疲労が残存する症例が一定数認められた.
これは主に医原性の血管外溶血(extravascular hemolysis:EVH)が原因であることが明らかとなり,本課題克服には近位補体阻害薬の開発が有効との判断から,C3阻害薬ペグセタコプラン,D因子阻害薬ダニコパン(抗C5抗体と併用),B因子阻害薬イプタコパンがこの数年で相次いで承認されている.
わが国では現在のところ,終末補体阻害薬である抗C5抗体3剤(エクリズマブ,ラブリズマブ,クロバリマブ)が第一選択薬,これら薬剤に対して効果が不十分な場合(主に医原性のEVHが原因)に,近位補体阻害薬3剤(ペグセタコプラン,ダニコパン,イプタコパン)が第二選択薬となっている.エクリズマブが上市された2010年には,PNHは特定疾患に認定されておらず,エクリズマブのような高価な治療薬を投与するためには,特定疾患である再生不良性貧血(aplastic anemia:AA)の特殊型であるAA−PNH症候群としてAAの認定を受けるか,さもなければ高額療養費制度を利用する必要があった.幸いにも,関連患者会である再生つばさの会とPNH倶楽部が陳情に行った甲斐あってか,2014年の難病法成立を受けて,PNHもめでたく助成対象である指定難病に加わるに至った.本制度によって,一定の基準(溶血所見に基づいた重症度分類の中等症以上)さえ満たせば,指定難病の認定を受け,抗補体療法の開始も可能な状況である.
ただ,6剤もの選択肢がある現状で,その治療選択は,もっぱら各主治医(主に血液内科医)に委ねられているのが実情である.PNHのような希少難病の治療選択においては,英国やフランスのような中央診断的なシステムが確立しているほうが,等しく平等な医療を享受できるように思われるが,日本が追いつくまでにはもう少し時間がかかりそうである.このような状況において,本書がPNH診療の現場におられる先生方の治療選択の一助となれば幸いである.
2026年1月
西村純一
大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学
はじめに
執筆者一覧
略語一覧
第1章 PNHの基礎知識
1 PNHの定義・病態・症状・治療 植田康敬,髙橋弘之
2 PNHの診断アプローチ 川口辰哉,上野志貴子
3 PNHの検査 池添隆之,小原 直
第2章 症例で理解するPNH診療
症例 1 挙児希望にて日本での承認によってエクリズマブを導入し,妊娠および出産に成功した症例 野上彩子,宮坂尚幸
薬剤 エクリズマブ
症例 2 BTH合併緊急帝王切開術および骨盤位による選択的帝王切開術の成功例 野上彩子,宮坂尚幸
薬剤 エクリズマブ
症例 3 再生不良性貧血の経過中にPNHクローン拡大と脳静脈洞血栓症をきたし,C5阻害薬とCFD阻害薬併用による抗補体療法が奏効した一例 坂本竜弘,小原 直
薬剤 ラブリズマブ,ダニコパン
症例 4 抗補体療法中に発症した侵襲性髄膜炎菌感染症の1例―迅速な治療介入により救命し得たPNH症例 本間俊佑,山口博樹
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ
症例 5 造血不全型高齢PNH患者に対する抗C5および抗C3抗体薬治療 冨田章裕
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ペグセタコプラン
症例 6 ペグセタコプランで順調に経過している典型的有効例 上野志貴子,米村雄士,川口辰哉
薬剤 ラブリズマブ,ペグセタコプラン
症例 7 遺伝子多型によりエクリズマブ不応な患者にクロバリマブ投与を行い,さらにダニコパンにより輸血依存離脱を達成した患者 植田康敬,髙森弘之
薬剤 エクリズマブ,クロバリマブ,ダニコパン
症例 8 ブレークスルー溶血時に輸血が必要になるため終末補体阻害薬からペグセタコプランへ切り替えたAA-PNH 後藤明彦
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ペグセタコプラン
症例 9 10年以上の経過でPNHを発症し,各種抗C5抗体と補体D因子阻害薬を使用した一例 冨田章裕
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,クロバリマブ,ダニコパン
症例 10 播種性淋菌感染症の発症例 櫻井政寿
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ
症例 11 長期間のラブリズマブ投与により顕在化したEVHに対してダニコパンの上乗せが奏効した症例 眞部和也,池添隆之
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ダニコパン
症例 12 エクリズマブ,ラブリズマブ治療ではHb値7程度で頻回の輸血が必要であったが,ダニコパンの追加によりHb値9程度になり輸血依存を脱した症例 赤坂尚司
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ダニコパン
症例 13 ラブリズマブ治療中に血管外溶血による貧血が進行しダニコパンの併用で貧血の改善を認めたAA―PNH症候群症例 西脇嘉一
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ダニコパン
症例 14 ダニコパン+ラブリズマブ併用療法中にCOVID―19感染を契機としてブレークスルー溶血を発症し急性腎不全により血液透析を要した症例 北脇年雄,内山人二
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ダニコパン
症例 15 近位補体阻害薬から終末補体阻害薬への変更により重篤な血管外溶血を生じた一例 髙森弘之,植田康敬
薬剤 エクリズマブ,イプタコパン,クロバリマブ
症例 16 抗C5療法が効果不十分と考えられ,イプタコパンへの変更が有効であった症例 小原 直,坂本竜弘
薬剤 ラブリズマブ,イプタコパン
症例 17 ペグセタコプランによる治療が奏効したC5遺伝子変異を有する症例 蒸野寿紀
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,ペグセタコプラン,イプタコパン
症例 18 溶血発作を契機にペグセタコプランからイプタコパンに変更したC5遺伝子多型を有する発作性夜間ヘモグロビン尿症の一例 石埼卓馬
薬剤 ラブリズマブ,クロバリマブ,ペグセタコプラン,イプタコパン
症例 19 ラブリズマブからクロバリマブに切り替えたところ,抗薬物抗体によると思われる効果消失をきたし,イプタコパンに変更したPNH症例 西脇嘉一
薬剤 ラブリズマブ,クロバリマブ,イプタコパン
症例 20 C5阻害下でコントロール不十分だった血管外溶血にイプタコパンが奏効し,QOLの改善が得られた1例 深津真彦,池添隆之
薬剤 エクリズマブ,ラブリズマブ,イプタコパン
索引