「イラスト」めまいの検査 改訂第4版
定価:5,830円(税込)
まえがき
顔面神経麻痺は,ある日突然,顔が動かなくなる病気です.目が閉じにくい,口元がゆがむ,食事や会話がしづらいなど,その症状は日常生活に大きな影響を与えます.しかし,その一方で「時間が経てば自然に治る病気」というイメージが先行し,その重症性や適切な治療の重要性については十分に理解されているとはいえません.確かに顔面神経麻痺の多くは自然回復が期待できます.しかし,すべての患者さんが後遺症なく治癒するわけではありません.
初期治療の遅れや不適切な対応によって,顔の動きの回復が不十分となったり,顔面けいれんや病的共同運動などの後遺症に悩まされたりすることもあります.発症直後の適切な治療が,その後の人生の質を大きく左右することが,医療者の間においても,まだ十分に知られていない現実があります.さらに,顔面神経麻痺の診療の難しさには特徴があります.
それは病気の経過に応じてかかわる医療者や専門職が変化することです.発症直後には耳鼻咽喉科医を中心に,脳神経外科医や神経内科医が診療にあたり,理学療法士や言語聴覚士によるリハビリテーションが行われます.その後,回復が順調に進まない場合には,形成外科による機能再建や整容治療,顔面けいれんに対する専門的治療,さらには鍼灸などの補完的アプローチが必要になることもあります.このように,病期ごとに専門家が移り変わるため,患者さん自身が「今,自分にはどのような治療が必要なのか」を理解することは容易ではありません.
もう1つの課題は,顔面神経麻痺医療の日本国内の地域における医療体制の差です.この点への対策として,顔面神経麻痺の診療は,日本顔面神経学会が『顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版』を作成し,標準化を進めています.しかし,実際には専門的な診療を受けられる施設や医療者が限られています.どの医療機関を受診すればよいのかわからず,適切な治療の機会を逃してしまう患者さんも少なくありません.後遺症が残ってから初めて専門医へ紹介されるケースや,患者さん本人だけでなく医療者側も対応に苦慮するケースを,私たちは数多く経験してきました.
本書は,このような現状を少しでも改善したいという思いから企画されました.顔面神経麻痺について正しい知識を広く伝えること,病期ごとに必要となる治療やリハビリテーションをわかりやすく解説すること,そして患者さんやご家族,さらには医療従事者が適切な選択を行うための道標となることを目的としています.顔面神経麻痺の治療は,一人の専門家だけで完結するものではありません.医師,セラピスト,看護師,鍼灸師など,多くの専門職が連携しながら患者さんを支えていくことが重要です.本書が,それぞれの立場の医療者の理解を深めるとともに,患者さんが適切な時期に適切な医療へたどり着くための一助となれば幸いです.そして何より,顔面神経麻痺と向き合う方々が希望をもって治療に取り組むための一冊となることを願っています.
2026年9月吉日
編集 中川尚志
あとがき
待望の『現場で役立つ 顔面神経麻痺クリニカルメソッド』を,ここに上梓できますことを,心より慶ばしく存じます.顔面神経麻痺は,急性期の迅速な薬物治療から始まり,亜急性期の適切なリハビリテーション,そして慢性期における機能回復や整容的支援,心理的支援に至るまで,極めて長い時間軸と幅広いアプローチを必要とする疾患です.しかし,その包括的な診療プロセスの重要性は,一般社会だけでなく,必ずしも医療者の間で十分に共有されてきたとはいえません.
こうした現状に一石を投じるべく企画された本書は,読者が必要な情報に直感的にアクセスできる構成にこだわりました.第I部の総論から始まり,第II部では病型・病態別の各論を掘り下げ,第III部ではリハビリテーションと整容に焦点を当てています.さらに第IV部には,日常の臨床現場で生じる疑問に答えるQ&Aを設け,実用性を高めました.発症からの時期によって耳鼻咽喉科・脳神経内科・脳神経外科・形成外科・リハビリテーション科,理学療法士,言語聴覚士,看護師,鍼灸師,東洋医学や整容の専門家まで,顔面神経麻痺診療にかかわるすべての医療者が,病期ごとに変化する専門チームの役割を体系的に理解できる一冊を目指しています.
顔面神経麻痺の治療レベルや専門診療科へのアクセスには,いまだに医療者間,地域的な格差が存在します.本書が各診療科や職種の標準的な知識の底上げに寄与し,一人でも多くの患者さんへ適切な治療として還元されることを切に願ってやみません.
最後に,日々の多忙な臨床・研究の合間を縫って,本書の趣旨にご賛同いただき,実践的で質の高い原稿をご執筆くださった諸先生方に,心より深く感謝申し上げます.また,企画から発刊に至るまで多大なご尽力をいただいた診断と治療社編集部の皆様,そして本書を手に取ってくださった読者の皆様に,心より感謝申し上げます.明日からの臨床において,本書が患者さんの笑顔を取り戻す一助となるよう祈って.
2026年9月吉日
編集 羽藤直人
カラー口絵
まえがき 中川尚志
執筆者一覧
本書で用いる主な顔面神経麻痺診療関連用語
略語一覧
第Ⅰ部 総 論
A 顔面神経麻痺診療の考え方
1 顔面神経麻痺の基本解剖と鑑別ポイント 中川尚志/羽藤直人
2 全人的ケアと心理的支援の重要性 藤原圭志
3 後遺症の種類と予防のための初期対応 萩森伸一
4 予後予測の意義と評価法の基本 萩森伸一
5 顔面神経再建の進歩と今後の展望 和佐野浩一郎
B 急性期(発症後72時間以内)の治療戦略:発症早期の対応が鍵
1 急性期における病態別治療戦略 藤原崇志
2 ステロイド・抗ウイルス薬の使い分けと実践ポイント 藤原崇志
C 亜急性期(発症後72時間 1年)の治療とリハビリ戦略
1 顔面神経減荷術の適応と実施タイミング 山本 裕
2 亜急性期における薬物療法とリハビリテーションの併用 森嶋直人
D 慢性期(発症後1年以降)対応の実際:後遺症への包括的アプローチ
1 顔面神経麻痺の後遺症と症状別治療選択 仲野春樹
2 慢性期リハビリテーションと継続支援の実際 森嶋直人
3 ボツリヌス毒素治療によるけいれん・拘縮への治療戦略 田邉牧人
4 顔面神経麻痺に対する手術療法の実際 林 礼人
第Ⅱ部 各 論
A 原因別アプローチ:顔面神経麻痺の診断と治療
1 Bell麻痺の診療と予後の基本 近藤健二
2 Ramsay Hunt症候群の診断と治療 近藤健二
3 外傷による顔面神経麻痺の診断と治療 濵田昌史
4 頭蓋内腫瘍による顔面神経麻痺の診断と治療 松島 健/河野道宏
5 側頭骨内腫瘍による顔面神経麻痺の診断と治療 小宗徳孝
6 側頭骨外腫瘍による顔面神経麻痺の診断と治療 川村有希/堀 龍介
7 顔面神経麻痺の稀な原因と鑑別の要点 山田啓之
B 特殊症例への対応戦略:小児・妊婦・高齢者
1 小児における顔面神経麻痺の特徴と保護者支援 山田武千代
2 妊娠期の顔面神経麻痺における治療と注意点 山田武千代
3 高齢者における顔面神経麻痺の治療と合併症対策 山田武千代
4 先天性顔面神経麻痺の診断と治療 馬場信太郎
5 特殊炎症性疾患による顔面神経麻痺の診断と治療 寺岡正人
6 再発性顔面神経麻痺の診断・治療と予防 綾仁悠介
C 治療と予後を左右する顔面神経麻痺の評価戦略
1 顔面神経麻痺における初期評価と客観的評価 田中武道/羽藤直人
2 顔面神経麻痺における主観的評価 飴矢美里
3 評価に基づく治療計画の立て方 仲野春樹
第Ⅲ部 リハビリテーションと整容
A 顔面神経麻痺のための実践リハビリテーション
1 顔面神経麻痺のリハビリテーション,科学的根拠に基づいたアプローチ 森嶋直人
2 顔面運動療法の基本と実践のポイント 東 貴弘
3 顔面マッサージの手技とセルフケアの指導 飴矢美里
4 鍼灸療法による顔面神経麻痺への補完的アプローチ 粕谷大智
B 外科的治療からメイクアップまで:整容の工夫
1 顔面神経麻痺に対する形成外科的治療 成田圭吾
2 静的再建術による顔面整容の改善方法 橋川和信
3 動的再建術の適応と手術手技の実際 松田 健
4 メイクアップケアと心理的支援 勝見さち代/青木和香恵/江﨑伸一
第Ⅳ部 顔面神経麻痺Q&A
Q1 顔面神経麻痺は自然に治りますか? 中川尚志/羽藤直人
Q2 顔面神経麻痺になったら,どの診療科を受診すべきですか? 中川尚志/羽藤直人
Q3 顔面神経麻痺患者の心理面の評価はどのように行えばよいですか? 藤原圭志
Q4 顔面神経麻痺後に後遺症が生じるか否かは,急性期の時点で予測可能ですか? 萩森伸一
Q5 後遺症が生じるリスクが高いと判定されました.どうすればよいですか? 萩森伸一
Q6 顔面神経麻痺の予後はいつ推定できるようになりますか? 萩森伸一
Q7 顔面神経再建はどのような患者に考慮すべきですか? 和佐野浩一郎
Q8 顔面神経再建の術式はどのように選択しますか? 和佐野浩一郎
Q9 顔面神経麻痺における「急性期」とはいつまでを指しますか? 藤原崇志
Q10 発症早期に軽症と判断できれば,その後の悪化は心配ありませんか? 藤原崇志
Q11 ステロイド投与開始のタイミングはいつが最も重要ですか? 藤原崇志
Q12 Bell 麻痺症例に対して,どのような場合に顔面神経減荷術が検討されますか? 山本 裕
Q13 顔面神経麻痺のリハビリテーションはどこで受けられますか? 森嶋直人
Q14 顔面神経麻痺に対して低周波治療(電気刺激療法)はなぜ有害なのですか? 森嶋直人
Q15 病的共同運動に対して,ボツリヌス毒素治療と形成外科手術のどちらがよいですか? 仲野春樹
Q16 顔面神経麻痺になって1年以上経ちますがこわばりがとれません.どうしたらよいですか? 森嶋直人
Q17 顔面神経麻痺の後遺症はボツリヌス毒素治療で治りますか? 田邉牧人
Q18 発症から数年以上経過した顔面神経麻痺や麻痺の後遺症でも,手術は可能ですか? 林 礼人
Q19 形成外科へ早めに紹介するべき患者は,どんなケースになりますか? 林 礼人
Q20 Bell麻痺と診断されてステロイドを内服し始めましたが,毎日麻痺が悪化しているがします.薬が効いていないのでしょうか? 近藤健二
Q21 Hunt症候群の帯状疱疹は,顔面の麻痺と同時に出現しますか? 近藤健二
Q22 (患者から)交通事故で頭蓋骨を骨折した後に顔面神経麻痺になり,手術を勧められましたが,はたして有効でしょうか? 濵田昌史
Q23 (非専門医から)意識障害を伴う頭部外傷後数日経って顔面神経麻痺に気づきました.直ちに専門医に相談すべきでしょうか? 濵田昌史
Q24 片側顔面神経麻痺で頭蓋内腫瘍を疑うのはいつ? 松島 健/河野道宏
Q25 聴神経腫瘍で治療を急ぐのはいつ? 松島 健/河野道宏
Q26 手術後の顔面神経麻痺はどこまで回復しますか? 松島 健/河野道宏
Q27 側頭骨内腫瘍切除後の顔面神経麻痺に対してリハビリテーションを開始するタイミングは? 小宗徳孝
Q28 腫瘍が原因で顔面神経麻痺が起こることがあると聞きました.画像検査で異常がなければ安心してよいですか? 川村有希/堀 龍介
Q29 標高の高い山間部に行った後に,熱が出て顔が麻痺しました.虫刺されのような跡があります.関係ありますか? 山田啓之
Q30 最近,手足のしびれを感じた後に顔が動きにくくなりました.関係ありますか? 山田啓之
Q31 小児顔面神経麻痺の原因は何ですか? 山田武千代
Q32 小児顔面神経麻痺は治りますか? 山田武千代
Q33 妊娠期の顔面神経麻痺の原因は何ですか? 山田武千代
Q34 妊娠期の顔面神経麻痺の治療で胎児に影響しますか? 山田武千代
Q35 高齢者の顔面神経麻痺は治りますか? 山田武千代
Q36 高齢者の顔面神経麻痺の治療での留意点はありますか? 山田武千代
Q37 先天性顔面神経麻痺は自然に治りますか? 馬場信太郎
Q38 先天性顔面神経麻痺にリハビリテーションは有効ですか? 馬場信太郎
Q39 どんな時に「特殊炎症性疾患」を疑うべきですか? 寺岡正人
Q40 顔面神経麻痺は再発しますか? どうしたら予防できますか? 綾仁悠介
Q41 すぐ精査が必要な顔面神経麻痺はどんなタイプの麻痺ですか? 田中武道/羽藤直人
Q42 評価が難しい患者はどのように評価したらいいでしょうか? 飴矢美里
Q43 主観的評価をする際に気をつけたらよいポイントはどこでしょうか? 飴矢美里
Q44 顔の動きがよくなってからでも,後から病的共同運動が出ることはありますか? 仲野春樹
Q45 バイオフィードバック療法の難易度設定がうまくいきません.患者が継続できるために指導上工夫しなければならないことは何ですか? 森嶋直人
Q46 顔面運動療法は,専門施設でしか行えませんか? 東 貴弘
Q47 顔をたくさん動かしたほうが,回復が早くなりますか? 東 貴弘
Q48 顔面マッサージの強さはどのくらいでしょうか? 飴矢美里
Q49 痛みがある患者の顔面マッサージはどうしたらいいでしょうか? 飴矢美里
Q50 顔面神経麻痺になった場合,鍼治療を受けたほうがよいのでしょうか? また,いつ頃から受けるのがよく,どのような鍼灸院を選べばよいのでしょうか? 粕谷大智
Q51 形成外科にはいつ紹介したらいいですか? 成田圭吾
Q52 静的再建術は,麻痺発症後どのくらい経ってから行うのですか? 橋川和信
Q53 術後に生じた顔面神経麻痺ですが,どのくらいの時期に紹介すればよいですか? 松田 健
Q54 顔面神経麻痺に対するメイクアップケアは女性にしか適応がありませんか? 勝見さち代/青木和香恵/江﨑伸一
Q55 顔面神経麻痺を発症したばかりです.メイクアップしてもいいですか? メイクアップすることで治療に不利益となりますか? 勝見さち代/青木和香恵/江﨑伸一
Index
あとがき 羽藤直人