教材編1 名詞理解訓練課題
定価:3,520円(税込)
監修のことば
本書は標準失語症検査(SLTA)成績を言語情報処理モデルに基づいて言語症状を分析し,障害の性質に応じた言語訓練法を提案しており,本書に基づいて合理的,科学的に言語症状を分析し,言語訓練を実施することができる.
SLTAの特徴は同一の課題語を用いて,言語モダリティ別の機能水準を比較できるよう構成されている点である.本書ではSLTAのこの特徴に着目して,SLTA成績から言語情報処理過程のどの段階の障害であるのかを分析するための基礎知識,モダリティごとの分析の実際について詳しく解説している.語彙は意味と音韻,さらには文字との結合によって成り立っている.理解のプロセスでは音韻から意味,文字から意味への変換が行われ,表出のプロセスでは意味から音韻,意味から文字への変換が行われ,ひとつの言語課題,ひとつのモダリティであっても,その処理過程は複数存在する.それら複数の処理過程に関する詳細な解説が本書の特徴で,漢字と仮名の処理の相違についても非語と単語に分けて説明している.分析結果に基づく訓練法について,基本的に良好なモダリティで正答させ,言語知識を活性化させたのちに不良なモダリティでの成績を高める方法が記載されている.この言語モダリティ間の関連性に基づく訓練手技は促進(facilitation)とよばれ,従来からその有効性が明らかにされている.
本書が用いる言語情報処理過程のモデルは私の著書『言語モダリティ間相互作用に関する臨床神経心理学的研究』(風間書房,1995)で用いたモデルを引用しているが,私の著書と本書とは,その目的は同じであると思われるので,若干の紹介をさせていただきたい.私の著書では,まずSLTA成績の解析を行った.失語症者のSLTA検査成績は大きく言語理解,発話および書字の3因子構造で,この3因子が相互に相関していた.すなわち,SLTAの各課題は言語理解課題間,発話課題間,書字課題間で関連が強く,また,この3因子の間でも関連していた.課題の難易度と回復の順序性は言語理解,発話,ついで書字であった.このモダリティ間の関連性の詳細を明らかにするために,事前に容易なモダリティで正答したのちは不良なモダリティで正答しやすくなるというdeblocking法により,モダリティ間の関連性を検討した.言語理解モダリティ間,発話モダリティ間,書字モダリティ間の促進成績には相違があり,音韻経路と語彙経路との相互間では促進成績が低下した.
以上の研究の理論的背景を明らかにし,合理的な言語訓練法にまで展開したのが本書である.失語症言語療法の理論を追求した両著者の努力に敬意を表したい.
2026年6月
種村 純
はじめに
言語聴覚士として働き始めてから,私自身は約40年,共著者であり伴侶でもある宮本恵美さんも30年近くが経過しました.現在も週1回のペースではありますが,二人とも臨床で失語症者の訓練を担当しています.
若い頃から臨床では実習生を受け入れており,患者さんにも教育のために多大なご協力をいただきました.そのおかげで,評価結果や訓練場面の映像·音声,検査データなどが数多く残っています.今回,それらを整理し,皆さんに紹介する機会を診断と治療社様からいただきました.
機能訓練を実施するにあたり,常時意識してきたことは「保たれている言語モダリティの処理機能を,障害された言語モダリティにいかに活用するか」という点でした.加えて,日本語には漢字と仮名という独自の文字文化があります.これらの特徴を訓練にどう取り入れるかも常に考えてきました.日本語には漢字·ひらがな·カタカナの3種類の文字体系があり,このような体系をもつ国は日本のみです.この特徴を踏まえ,日本人失語症者に対して独自の視点に立った訓練プログラムを提案できるのではないかと考えてきました.現在,認知神経心理学の分野では「言語情報処理モデルから直接的に訓練を導き出すことはできない」とする研究者もおり,確かに具体的な訓練方法は提案されていません.しかし,さまざまな症状をもつ患者さんの訓練方法に多大なるヒントを与えてくれるというのは周知の事実でしょう.
失語症訓練に関しては,他書や論文でさまざまな方法がエビデンスとともに紹介されています.今回紹介する訓練方法は「保たれているルートを活用する」という考え方に基づいていますが,どの程度の成績をもって「保たれている」と判断するかは,われわれの経験によるところが大きく, 現在のところそのエビデンスは模索状態で,今後の課題です.しかし今回の内容は,維持期の医療施設やデイサービスなどにおいて,機能レベルの向上が難しいとされる状況下で,一定の言語機能改善を認めたものを多く含めています.ぜひ本書を読んで「なるほど,こういう考え方や方法もあるのか.試してみよう!」と思われた方は,紹介したプログラムを患者さんの症状にあわせて,アレンジして実践していただければ幸いです.
最後に,監修は学生時代からお世話になっている種村 純 先生にお願いしました.種村先生が提唱される失語症に関するアプローチは,長年にわたる私の臨床の礎となっています.快くお引き受けいただいた種村先生,ありがとうございました.また,症例紹介を快諾してくださった患者さんやデイサービスの経営者の方々に深く感謝申し上げます.さらに診断と治療社の西川弘美さまには,かなりのわがままを申しました,辛抱強くお付き合いくださったことにも感謝申し上げます.
今回は,著者が日頃使用している訓練教材もドリル形式で整理しました.この作業には,本学卒業生で現在,武蔵ヶ丘病院に勤務している清家佳歩さんに全面的に協力いただきました.臨床での業務のお忙しいなか,作業をお手伝いいただいたことに感謝いたします.
本書が,失語症の訓練プログラムの立案に悩む新人言語聴覚士や学生をはじめ,多くの臨床関係者に役立つことを願っています.
2026年6月
大塚裕一
監修のことば 種村 純
はじめに 大塚裕一
監修者・著者紹介
第1部
語彙に関する基礎
~言語情報処理モデルの用語も含めて考える~
第1章
1 言語モダリティとは
2 語彙とは
3 語彙に関連する語
コラム① 語彙と意味記憶の関係―カテゴリー化
4 語彙と言語情報処理モデル
コラム② 矢印の意味
コラム③ さまざまな用語
第2章
語彙の処理~各言語モダリティの流れ(仮名1文字も含む)~
A 語彙理解
1 聴理解
2 読解
B 語彙産生
1 呼称
コラム④ 音韻の配列を考える
2 書称
コラム⑤ 類音性錯書のメカニズム
コラム⑥ 表記妥当性とは?
C その他
1 復唱
コラム⑦ 復唱音響ルートは難しい?
コラム⑧ input とoutput
2 音読
コラム⑨ 音読音韻ルートの音読では意味がわからない?
コラム⑩ 音読ルートの障害
コラム⑪ 漢字の読み方
コラム⑫ 呼称と語彙ルートでの音読における, 語彙の抽出および音韻の抽出の違い(難易度)
3 書取
4 仮名1文字
第2部 語彙に関する臨床
第1章 各言語モダリティの比較~問題点抽出~
1 問題点の分析と言語モダリティ
第2章 語彙の評価
1 聴理解分析の方法
2 読解分析の方法
3 呼称分析の方法
4 書称分析の方法
5 まとめ
コラム⑬ SLTAとDEEP検査
第3章 語彙の訓練
1 訓練の考え方
A 語彙理解改善訓練
1 聴理解
2 読解
B 語彙産生改善訓練
1 発話
コラム⑭ 復唱を訓練で使う場合
2 自発書字
コラム⑮ 仮名単語も入力語彙辞書(文字系)や 出力語彙辞書(文字系)に存在する?
C その他の訓練
1 コロケーションを用いた訓練
第4章 症例の紹介
1 症例と訓練の実際
おわりに 宮本恵美
INDEX